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第3話

「先生?西野先生・・・聞いてる?」 俺の静かだった放課後が・・・ 彼是と質問攻めをしてくるこいつに壊され 五月蝿く騒ぐこいつを『嫌だ』の一言で足蹴にして一ヶ月が過ぎた頃 「俺さ、入学する前に先生に2度会ってるんだよね」 突然、爆弾を落としてきた。 「え?」 驚いて、渡り廊下を歩く足を止め 肩を並べて歩いていた櫻川 脩の顔を見る。 「あ!やっと、俺のこと見てくれた」 ニヤリと笑う日本人離れした顔にちょっとムカついて 「何時・・・だ?」 低めのトーンで訊く。 けど、そんなもん怖くもねぇよって感じで 「知りたい?」 また、ニヤリ。 何なんだ、この威圧感。 俺、こいつの担任だよな? こいつ、生徒だよ・・・な? 思わず、拳を握り締めてしまう。 勝てない・・・ そんな感覚に襲われて。 この威圧感・・・ 自分は何も言わねぇくせに、俺からは色々と訊き出そうとする。 お前は俺に勝てねぇだろ? そう・・・ 口には出さず、視線で言ってる。 常に上から目線の・・・嫌な奴。 やっぱ、こいつ・・・ あいつに似てる。 勉強嫌いの俺に母ちゃんが連れてきた家庭教師。 隣の岡田もこの家庭教師がついて点数が上がったらしく それを聞いた母ちゃんが『うちの子もみてやって!』と頼み込んだらしい。 中3になった新学期・・・ ずっと続けていたバトミントン部の退部試合が決まって 最後だし、成績残すためにも明日から早起きして町内でも走るか? なんて考えながら帰ってきたら・・・ リビングのソファーに座って母ちゃんと談笑してる奴がいて。 「真、今日からあんたの勉強見てくれる櫻川さん。  早稲田大学の3年生ですって!  良かったわね・・・これで受験も安心だわ!」 帰ってくるなり死刑宣告にも似た母ちゃんからの言葉に 俺は週に3日、夕方から夜までみっちり勉強することになった。 「櫻川 亮一です。  真くん、よろしくね」 柔和な笑み。 俺は・・・ この優しそうな微笑に騙されたんだ。 そう・・・ 騙された。 確かに、勉強の教えかた?勉強のしかた?って言えばいいのか すげぇ上手くて、今まで俺は何やってたんだ?て思っちまうくらい あいつから教わると難しかった方程式がスラスラと解けた。 一つ、問題が解けると 「お!やれば出来んじゃん!」 そう言って、アイドル顔負けのようなイケメンの極上スマイルで 頭をワシャワシャと撫でられると嬉しくて。 死刑宣告だったこの時間が待ち遠しくなるようになって。 あいつが家に来る日は浮かれてる自分に笑えたっけ。 無事、志望校に合格した時は母ちゃんより先に あいつにメールしちまったくらい俺は・・・ あいつが好きになってた。 だから俺は・・・ 入学式の日・・・ お礼に何かおごらせてよってあいつを呼び出して ファミレスでハンバーグを二人で頬張りながら もう、これで会えなくなるのかと思うと 悲しくって さみしくって 溢れ出してしまった気持ちが唇からこぼれて 「先生のことが、好き・・・だ」 気づいた時には既に遅しで そう・・・つい口走ってしまっていた。 多分、耳まで真っ赤になってたと思う。 一気にカラダが熱ったから・・・ 恥ずかしくてその熱りをなんとかしようと一気に水を流し込むと 「あはは・・・」 俺を見て笑うあいつ。 俺は更に恥ずかしくなって今度は俯いてしまった。 すると、その俯いた俺の耳元で囁く声。 「俺も真くんが好きだよ。  初めて真くんを見た時からずっと気になってた」 その言葉に俺が顔を上げれば アイドル顔負けのようなイケメンの極上スマイルがあって。 俺はその日・・・ 初体験を男のあいつと済ませた。 なのに・・・ あいつは突然・・・ 俺の前から居なくなっちまった。 「俺さ・・・やっぱ真くんのこと、もう抱けねぇや」 その言葉だけ俺に残して。 あいつ・・・ 今頃、何処で何やってんだろ・・・ どっかの御曹司だとかって母ちゃんが言ってたっけ。 俺はそんなのどうでも良かったし あいつがどんな家に住んでて、どんな生活してんのかとか そんなことよりもただ、一緒に居れる時間が大切だったから。 若かった・・・ 若気の至りだ。 そう言っちまえばそれで終わっちまうのかもしれない。 けど・・・ その若さがあったから、あんなにもあいつのことが好きになれたんだ。 何もかも見えなくなっちまうくらい好きに。 なのに・・・ 蓋を開けてみれば勝手に盛り上がってたのは俺だけで。 あいつは俺に 何が好き? 好きな食べ物は? 好きな服は? 好きなタイプは? どんなのがいい? これは? これなら感じる? これならイけそう? これが好きなんだろ? ・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ お前は俺が好きなんだろ・・・? 結局・・・ 俺ばっかが好きになってて。 俺の好みの飯や 俺の好みの服や靴 俺の好みの体位 俺のことばっかあいつは知ってて。 俺は何一つ、あいつのことは知らなくて。 だから・・・ 突然別れを告げられても 俺はあいつの好みを何一つ知らねぇから あいつ好みのヤツにはなれなくて。 苦しいとか 悲しいとか そんな感情より 虚しさだけが残った恋だった。 言葉にしたら笑われるかもしんねぇけど 心にぽっかりと穴が開いちまったような・・・ そんな恋で、そんな失恋だった。 「先生、知りたくねぇの?」 俺の顔を覗きこんで訊いて来るこいつの瞳が あいつに似てて。 俺は・・・ その瞳がやっぱ、好きになれなくて。 「知りたくねぇから言わなくていい」 そう冷たくあしらった。 明日からGW。 こいつに会わなくて済むかと思うと 少し心が軽くなった。 まさか・・・ 偶然、あんな場所で しかもあんな形で こいつと あいつに 会うなんて この時はまだ、俺は知らなかったから。

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