4 / 22

第4話

西野先生は本当に掴みどころのない人だった。 いつも、眠そうで・・・ 出席とる際も声なんか後ろまで届かなくて、すげぇ頼りない。 だからかな・・・ その分、生徒の俺らがしっかりしなきゃって、クラスのまとまりだけは良かった。 似合わない眼鏡をかけ、いつも絵の具で汚れたヨレたシャツ着ている。 サンダルをつっかけて、猫背でペタペタ歩く姿は まるでおじいちゃんのようだった。 それなのに、母性本能を擽るとか意味不明な理由で女子生徒からは 「西野ちゃん」って呼ばれて意外と人気があったりする。 そんな、ぼおっとした人なのに、キャンパスの前に座ると別人で・・・ その真剣な瞳は、先生だけの孤高の世界を生み出していて 近づく事を許さないオー ラが漂っていた。 『好きだ』って自覚して相手が男の・・・ しかも、10歳以上も年上の教師だったことに 戸惑いがなかったと言ったら嘘になる。 やべえ、俺、おかしい・・・? もしかして・・・ホモ? ・・・って、眠れないくらい悩んだ。 そんな俺の変化に直ぐに気付いたのは、双子の兄の奏だった 「どうしたんです?」 ゲームの画面から目を上げずに突然、何の前触れもなく聞かれた、 まさかバレてるなんて思ってもみなかったから 誤魔化せなくておし黙っていたら・・・ クスリと笑いながら 「・・・好きな人でも出来ました?  相変わらず、分かりやすいなぁ・・・」 「・・・んで、分かるんだよ・・・?」 ムッとして答える。 「伊達に16年、お まえの兄キをやってないよ・・・」 もうひとりの兄キは、何も気付かねえぞ・・・? 喉まで出掛かった言葉は、辛うじて飲み込んだ。 「・・・引くなよ?」 「・・・場合によります」 ゲームから聞こえる、コンピューター音楽が重たい空気とはチグハグな音を響かせていた。 「・・・相手さぁ・・・  男で、年上で・・・たぶん、教師・・・」 数秒なのか、数分なのか・・・ 部屋が重たい沈黙に包まれた。 「ふふふ・・・ぶっ飛んでますねぇ・・・  でも、いいんじゃないの・・・  本気なんでしょ?」 イタズラっぽい笑みが奏の口元に浮かんだ。 俺は奏がそうやって理由はどうあれ 楽しそうに笑ってくれるのが凄く嬉しかった。 足が不自由なせいで 奏は好きな野球を続けることを諦めた。 以前のように笑わなくなった奏が、俺はなにより心配だった。 しかし・・・ まさか、同性に対する恋心を肯定されるとは思わなかったから 一瞬呆気にとられてしまった。 「・・・マジで言ってる?」 「だから・・・本気なんでしょ?」 その一言で、ガツンときた。 奏は時々意地悪で自分の事となると本音を言わないとこもあるけど・・・ いい加減な事だけは言わない。 「・・・あぁ、本気も本気、大マジ・・・」 「ふっ・・・だったら、いいんじゃない?  空気読んで行動するとか、おまえ、どうせ出来ないんだから・・・  真っ直ぐぶつかってみれば?  っていうか・・・そうしないと、気が済まないんでしょ?  相手は・・・迷惑がると思いますがねぇ・・・」 その笑みは・・・面白がってるだろ? こんな大事な相談してるのに、ゲームを止めないお前がある意味すげえよ・・・ 「・・・迷惑・・・だよなぁ・・・」 先生の、儚げな寝顔が浮かんだ。 傷つけたくはない・・・ でも・・・ 「恋なんて自分勝手な思い込みから始まるんですよ・・・  玉砕したら、骨ぐらい拾ってやりますよ」 ドンと背中を押されちまった。 ・・・そう、俺は真っ直ぐしか進めない・・・ 悩むのは性に合わない。 そして・・・ 入学式当日。 俺は自分勝手な勢いだけで、先生に告白をした。 それから、1ヶ月・・・全くもって脈がない。 というか・・・ 俺の顔を見ると、悲しそうに瞳を曇らせて 辛そうな顔をする。 何故かは知らないけど・・・ 好きになってくれないのは仕方ないとしても これ以上、嫌われるのは御免 だった・・・ 「失恋かなぁ・・・」 そんな浮かない気分で向かえたGW・・・ 久々に父さんから 「休みが取れたから一緒に食事をしよう」と誘われた。 家族で外食をするなんて・・・何年ぶりだろう? 母さんが交通事故で亡くなって・・・ その時、同じ車に同乗していた奏はそれが原因で足が不自由に・・・ 膝から下が義足になってしまった。 それからは・・・ あまり外に出歩かなくなったし 父さんは、奏を見るのが辛いのか・・・ 俺たちより仕事を優先するような生活をしていた。 尚兄(にい)と奏と一緒に、約束したホテルに着くと 父さんはまだ来てなかった.。 ロビーで待とうという事になって、視線を巡らせると そこに・・・ 先生がいた。 前髪を下ろ して、眼鏡も外して・・・ 気怠げにポスッとソファーに細い身体を無防備に預けていた。 閉じられた瞼、長い睫毛。 俯いているために、くっきりと浮かび上がる影。 赤く色付いた唇。 ただ、其処に居るだけなのに・・・ 色気がダダ漏れてる・・・ その姿は・・・ 声かけるのを躊躇うほどいかにも、ヤった後です・・・ との雰囲気を纏っていた。 俺は・・・ 足が動かなかった・・・ 「あれ~っ?大\西野ちゃんじゃない?  ・・・西野ちゃ~ん!!」 我が家の天然バカ・・・ 尚兄が先生に声をかけた。 先生は、んぁ~?と、瞬きをしながら目を開けた。 西野ちゃ~ん・・・って言いながら 先生へ近付いていく尚兄の姿を見ながら 俺の心の中には、ドロリとした欲望と嫉妬が生まれ た。 そして・・・ 強烈な色を纏った先生の姿を見て その場に凍りついて足を止めたのは 俺だけじゃなかった・・・ その時、周りの様子見渡していた奏が 「・・・あ、父さん・・・」と言って、手を振った。 みんなの視線が父さんへ移ったと時・・・ 先生の視線も、父さんへ向いていた。 「・・・せん・・せ・・・い?」 その小さな呟きは、誰の耳にも届かなかったけれど・・・・ 先生と父さんは・・・ 互いに気付き合った瞬間・・・ 凍りつく様な眼差しで見つめ合っていた。

ともだちにシェアしよう!