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第6話

「父さん、この人・・・脩の担任の西野先生だよ」 奏が父さんに向かって、先生を紹介していた。 俺は先生の纏った気怠い雰囲気と 妖しい色気にあてられてしまって ただ、立ち尽くしていた。 父さんは黙ったまま、先生を一瞥すると ふっ・・・と溜め息をついて俯く。 そして、困ったように笑みを浮かべながら顔を上げると 「・・・久しぶりだね、真くん」 そう言って、先生を見つめた。 「・・・・・」 先生は声を出さずに小さく頷くと、気まずそうに目を逸らす。 ・・・あれ? 何だいまの・・・? 「ふふふ・・・相変わらず無愛想なんだね?  15年以上ぶりだっていうのに・・・  もっと嬉しそうな顔をしてくれてもいいんじゃない?  ちょっと、ショックだなぁ」 父さん が笑いながら 「・・・真くん・・・  いや、今は西野先生かな?  ・・・彼は、父さんが大学生のとき家庭教師をしていた時の  生徒さんのひとりなんだよ・・・」 「え~っ!マジで?  ・・・嘘、スゴい偶然じゃん!」 尚兄が興奮して大声を上げると奏が 「ウルサいよ、バカ!」 ・・・と、脇腹を肘で小突けば 「・・・憶えてるんでしょ?」 父さんは先生へ悪戯っぽい目線を送った。 「・・・あぁ・・・」 聞き取れないほどの答え。 「そっかぁ・・・真くん・・・  先生になったのか~・・・  何だか、嬉しいなぁ・・・」 父さんは、ニコリと先生に笑顔を向ける。 「・・・その節は、どうもお世話なりありがとうございました・・・」 先生は棒読みの台詞みたいに言うと 「では・・・」 そう深々とお辞儀をして背中を向けた。 「え~!帰っちゃうの?  ・・・西野ちゃん、一緒に昼飯食べようよ?  ねぇ・・・父さん、久しぶりの再会なんでしょう?  ねぇ、いいでしょ?」 突然、尚兄がとんでもない事を言い出す。 「・・・え・・・えっ!?  い、いや、ちょっと待てよ!  櫻川、お前・・・何言って・・・」 先生は・・・昨夜の余韻なのか・・・ 目元をほんのり赤く染めたまま慌てふためき出した。 けど・・・どんな状況にしろ 先生と一緒に食事が出来る機会なんて 今後ないかもしれない。 「父さん・・・俺からも頼むよ・・・  学校じゃ話せない事もあるしさぁ・・・」 俺と尚兄の言葉に、奏は俯いて笑いを堪えている。 尚兄の、黒目がちな瞳と 俺の眼力に見つめられて強請られたら・・・ 頷くしかないよね? 父さ んは困ったときの癖で唇を指でなぞりながら 先生をチラッと見ると意を決したように、大きく深呼吸をした。 「・・・あぁ・・・そうだな・・・  真くん・・・どうだろう?  久しぶりに、こうやって会えたのも何かの縁だ。  ・・・昔話もしたいし・・・  息子達の学校での様子も聞きたい。  ・・・一緒に食事をしてくれないかな?」 先生は、いつだって 何を考えているのか分からない表情をして 何に対しても、興味がなさそうな ・・・つまらなそうな雰囲気を漂わせているのに でも今は・・・ 明らかに困ってそわそわとしていた。 先生でも、こんな風に 慌てたりするんだと思ったら 何だかその姿が可愛くて 笑みが浮かんでしまった。 「好きだ」と告白してから、約1ヶ月・・・ 俺は、先生 の冷たい視線と素っ気ない態度に 軽くあしらわれてきたから 今、目の前にいる先生は まるで高校生のようにサラサラの髪を下ろして 「・・・いやぁ・・・でも・・・」 ・・・と、戸惑っている先生を見て 俺は先生の新たな一面を知った喜びで ついさっき感じた違和感だったり 父さんのわざとらしい作り笑顔など・・・ 色んなモノが見えなくなるくらい 舞い上がっていた。 「・・・先生、うだうだ言ってないで行くよ!」 俺よりほんの少し背の低い先生の肩を ぐっと抱き寄せて、俺は強引に歩き出した。 この時・・・ 俺は、父さんの瞳がドロリと歪んだのなんて ちっとも分からなかったし 先生の心臓がバクバクと音を立てながら 苦しいほど悲鳴を上げてる事なんて 知る由もな かった。 食事は、フレンチのコースランチで 父さんと先生はワインを軽く飲んでいた。 諦めたのか、腹を括ったのか 先生は、父さんの質問に ぼそぼそと答えている。 その、いまいちハッキリしない答えに対して 頭のいい父さんは、言葉を継ぎ足したり 上手く誘導しながら、笑いを誘い 聞いている俺たちも 楽しく笑いながら、食事が進んでいた。 父さんの巧みな話術のお陰で 先生の緊張がみるみる解けていくのが分かり 俺は改めて、父さんの偉ぶらない態度や 細やかな気遣いに尊敬の念を抱く。 まさかこの先、実の父親を憎むことになるなんて・・・ この時は・・・思いもしなかった。 ほんのりと酔いの回った先生の舌っ足らずの話し方も 口いっぱい に頬張りながら 旨そうに食べる仕草も・・・ はにかむように笑った顔も・・・ 俺の目には新鮮に映って それ以外の事は、何も目に入らなかったし 気にもならなかったから。 あの笑顔が、俺だけへ向けられる時がきたら・・・ そう思うと、先生を自分のモノにしたいという欲望がムクムクと膨らみ 抑えきれないほど大きくなっていた。 食事が終わると 父さんは、待たせて置いた車に俺達三人を先に乗せて 家へ帰らせた。 先生は父さんの斜め後ろにいつもと同じように 頼りなげに立っていて 手を振る俺達へ無言で頷く。 このあと先生が、父さんに身体を開いたなんて・・・ いや・・・ 父さんが、先生と無理やり身体を繋いだんだ。 それを俺が 知るのは まだ先の話だけれど・・・

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