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第8話

「俺さ・・・やっぱ真くんのこと、もう抱けねぇや」 そう言ったときの、キミの驚いた顔が 脳裏に焼き付いて、ずっと忘れられなかった。 もし…キミと、やり直せるなら… もし…もう一度、出逢えたなら… 俺は、真くんにどんな言葉をかければ許される 真くんを初めて見たのは社会勉強の為に 大学時代に始めた家庭教師のアルバイト先だった。 俺を一目見るなり、あからさまに うんざりした顔をした彼の飾らない姿に俺は心を奪われてしまった。 尖らせた唇も、ぷくりと膨らませた頬も とても可愛らしく 心臓が異常なくらい、ドキリと波打った。 俺の事を嫌っていた彼が日を追う毎に懐いてきて 彼の瞳に憧れ以外のモノが滲んでいる事も 薄々・・・気付いていた。 俺の一挙手一投足を ぷくりとした可愛い頬を赤く染めながら じっと見つめる潤んだ瞳。 あまり饒舌ではない彼が 成績が伸びたと嬉しそうに話す、少し舌っ足らずな話し方。 俺のつまらない冗談に ふにゃりと綺麗な顔を緩ませて、笑ってくれる笑顔・・・ 俺自身も・・・ 真くんに会える時間が楽しみで サークルの飲み会も、合コンの誘いも、断るくらい 彼のことが好きになっていた。 しかし、相手はまだ中学生で同性の少年・・・ 淡い恋心・・・ 真くんにしたって 高校入試に合格して、会う必要が無くなれば 俺のことなんか、直ぐに忘れるだろうと思っていた。 ・・・合格発表の日・・・ 「合格したよ!  ・・・先生のお陰だよ、ありがとう!」 携帯の向こうで、興奮した声に 俺も自分の事のように嬉しくて、大きな声を出していた。 「凄い!良かったね・・・  おめでとう!」 「・・・うん・・・」 一瞬の間・・・ 真くんが次の言葉を飲み込んだのが分かった・・・ その言葉が何なのかも・・・ 大体、検討がついてしまった。 そんな彼が可愛くて・・・ いじらしくて・・・ 俺はつい、言ってはいけない禁句・・・ 真くんへ、期待を保たせるような 責任の取れない言葉を口に出してしまっていた。 「・・・また、何かあったら・・・  遠慮しないで、いつでも連絡して来ていいからね?」 「・・・・・うん」 躊躇いがちな返事の後、ぶちりと切れた通話。 俺は真くんが連絡してくることを 心のどこかで期待し、何となく確信していた・・・ そしてそれは、彼の入学式当日に現実のものとなる。 「先生のことが、好き・・・だ」 耳まで真っ赤にして、彼は俺に告白すると 目の前に置いてあった、グラスの水を一気に流し込んだ。 唇の端から、飲みきれなかった水が つうっ・・・と零れる。 その姿がとても色っぽくて、俺を煽っているとしか思えなくて・・・ 15歳の少年に煽られる自分の愚かさ・・・ 彼が俺のモノになったという、歪んだ感情が入り乱れて 思わず、声を立てて笑っている自分がいた。 「あはは・・・」 そんな俺の態度に 真くんは恥ずかしくなったのか・・・ 俯いてしまう。 その姿に一瞬にして確信する。 真くんは、決して俺に逆らわない・・・ いや・・・ 逆らうなどという考えすら無いかも知れない。 彼は・・・ 俺のすべてを受け入れてくれるはずだ・・・ 真っ白で、純粋無垢の綺麗な彼を 自分の色に染められる。 俺の指で、唇で・・・ 思い通りに鳴かせる事が出来る。 ・・・湧き上がってくる欲望を止めることが 俺には出来なかった。 「俺も真くんが好きだよ。  初めて真くんを見た時からずっと気になってた」 歪んだ、醜い想いがバレないように 俺は、極上の笑顔で笑いかける。 その日、俺は真くんと初めて身体を繋いだ。 しかし・・・ 俺はその時、既に親の決めた婚約者が居た。 彼女の二十歳(ハタチ)の誕生日に籍を入れる事が決まっていて それは真くんとSEXをしてからから約1ヶ月後の事だった。 ・・・遊び心・・・ そう・・・ 正式に結婚式を挙げるまでの、軽い遊びのつもりだったんだ。 真くんだって、高校生活のなかで クラスメイトの女子高生が好きになるはずだ・・・ ・・・それが普通だ・・・ 綺麗ごとを並べ立て、言い訳で塗り固め 狡い俺は真くんとの関係を続けていく・・・ それなのに・・・ 真くんはまるで俺しか見えてないみたいに 真っ直ぐに俺に恋をしてくれた。 生まれた時から、家柄や親の七光りの中で育ってきた俺。 誰もが俺自身ではなく 後ろに見え隠れする権力や財力で 俺と付き合っているのがバレバレだった。 でも・・・ 真くんだけは違った。 俺が財閥の会長の息子だと知っても 「ふぅん・・・俺、そういうのよくわかんねぇや・・・  先生が側にいてくれれば、それだけで幸せだもん・・・」 そう言って、ふわりとキスをしてくれる。 そんな彼が愛しくて・・・ 俺は真くんが見せる魅力と、愛情に・・・ どんどん嵌まってしまう。 何が好き? 好きな食べ物は? 好きな服は? 好きなタイプは? 真くんの事をすべて知りたくなった・・・ どんなのがいい? これは? これなら感じる? これが好きなんだろ? お前は俺が好きなんだろ・・・? SEXの最中も、彼が俺の指や舌で 悦びの声を上げてくれる彼が、愛しくて仕方がなくなっていく。 もっと、もっと・・・ 俺を感じて欲しかった。 もっと、もっと・・・ 俺の身体でイかせて、良い声で鳴かせたかった 彼の好みの飯 彼の好みの服や靴 彼の好みの体位 彼のすべてを俺のモノにしたくて仕方がなくて。 ・・・遊びなんかじゃなく、彼を愛し始めていたんだ。 だから・・・ 籍を入れた彼女から 「妊娠3ヶ月なの・・・」 と、告げられた瞬間 俺がやっと捕まえた束の間の幸せは ガラス細工のように、粉々に砕けてしまう。 真くんへの愛情は、心の奥底へ・・・ 無理矢理、沈めてしまうしかなかった・・・ 「俺さ・・・やっぱ真くんのこと、もう抱けねぇや」 その言葉で、別れを告げられた彼がどんな風にして 今まで、過ごしてきたのか・・・ それを・・・ 17年以上経った現在 今の俺がとやかく言う資格がないのは分かっている。 それでも・・・ 可愛らしい少年ではなく、壮絶な色気を纏った・・・ 美しい男として突如、目の前に現れた真くんは あの頃と変わらず、俺を目の前にして 恥ずかしそうに俯いたのを見て・・・ ・・・まだ、俺を忘れていない・・・ 彼は・・・俺のモノのまま・・・ その考えが正しいか否か・・・ 確かめる術は、ひとつしかない。 例え、いま・・・ 彼が他の男と身体の関係を持っていたとしても・・・ 俺が・・・ そんなもの断ち切ってやる。 「真くん、行こっか・・・」 彼の腕をとれば、微かに震えていた。 ・・・分かってる・・・ キミを傷つけた事実は消えない・・・ でも・・・ その言葉に素直に従う真くんが 欲しくてたまらなかった・・・ 俺は、ホテルの最上階にあるスイートルームで 俺じゃない男を知った彼を・・・ 俺をまだ『先生』と喘ぎ声に雑ぜ呼ぶ彼に 「先生はもうやめてくれないか?  亮一って呼んでくれよ」 そう耳元で甘く囁きながら いたぶるように・・・ 責めるように・・・ 時間を巻き戻すみたいに、何度も何度も・・・ イかせて、抱き潰し 啼かせた・・・ そして、俺は確信した。 吐息と共に遠慮がちに『亮一・・くん…』 そう俺の名を呼び首に両手を絡ませてくる姿を目にして 真くんは、まだ俺を愛していると・・・ 声が枯れる程、鳴かせて、イカせた後・・・ 意識を手放してしまった彼をベッドに残し 俺は部屋を後にする。 連絡先のメモを真くんのジャケットのポケットへ忍ばせて・・・ ひとり・・・冷たいベッドにとり残され・・・ 悲しみにくれた真くんが メモに気づいた時、必ず連絡をくれると信じて・・・

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