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第12話

平日の昼間、高級ホテルのロビーは 都会の喧騒が嘘のようにひっそりと静かだった。 まるで、異空間に迷い込んでしまったかのような錯覚を覚えた俺は 騒がしい学校へ戻らずに このまま此処で、大切に想っている人と穏やかな時を過ごせたらと 叶うはずのない想いに耽り、自嘲気味の溜め息を ふうっ・・・と洩らしてしまう。 想いを寄せる相手は あろう事か同性の幼なじみで、親戚の亮一だ・・・ しかも、彼の息子達が自らが務める学校の生徒なのだから 嘆息をついてしまうのも仕方がないと思った。 フロントデスクへ足を進め 「忘れ物を受け取りに来た」 ・・・と告げれば ホテルの名前の付いた紙袋を手にして フロント係のチーフが奥の事務所から出てきて 「あ、芹沢様!  いつもご贔屓にして頂き、ありがとうございます」 「こちらこそ、いつもお世話になっております」 何時もの如く、社交辞令的な挨拶を交わす。 どちらかと云えば、堅苦しい雰囲気が好きじゃないけれど 此処は父親が気に入っている場所であり 家族の記念日や学校関係の接待などでも必ず利用するホテルだった。 確かに、一流なだけあって従業員もサービスも信頼出来たし 不躾な目線を送られるような事も一度としてなく 苦手ながらも丁寧に、無難な挨拶を交わした後、 「西野様から連絡頂いております」と、紙袋を渡される。 念のため、中身を確認すれば クーリニング施されたジャケットが丁寧に折り畳まれて入っていた。 忘れ物の衣類に、わざわざクーリニング・・・? しかもチーフ自ら応対に出るとは・・・ 少し不自然が気がしてしまう。 「・・・これ、クーリニングしてありますが・・・代金は?」 思わず疑問を口にすると 「申し訳ありません。  袖口に染みがありました為  確認も取らずにクーリニングさせて頂きました。  西野様にはいつもご利用頂いておりますので  ホテル側のサービスとさせて頂きます。  私どもからの感謝の気持ちだと   芹沢様からお伝え願えますでしょうか?」 「それは・・・はい。  そのように伝えます。  わざわざ、ありがとうございます」 嫌みのない笑みを浮かべ頭を下げたホテルマンは顔を上げると そう言えば・・・と言葉を繋いだ 「ジャケットのポケットに入っていたメモは  封筒の中にお入れしてありますのでお伝え下さい」 俺はこの時、封筒がどうっていうよりも 何となく説明のつかない違和感を感じていた。 でも、それが何なのか説明がつかなくて もどかしい気持ちのまま・・・ ホテルの駐車場に待たせてあった学園の車に乗り込んだ。 私立の学校とはいえ、一介の教師が 何度も頻繁に利用できるようなホテルではないはずだ。 ・・・彼の意思ではなく 誰かと利用しているのではいとしたら? ・・・やはり・・・ あの男には支援者・・・ 所謂、パトロンが後ろ盾として存在しているのだろうか? それとも・・・ 金持ちの恋人でもいるのか・・・? 日頃から感じていた疑念・・・ 西野先生の、どこか・・・ 世を儚んだような雰囲気や 無意識に気怠い色気を漂わせる仕草。 彼もまた性的に同じ嗜好を持つ同士なのではないかと 西野先生を目にする度に感じていた。 再度、紙袋を覗き込めば ジャケットの襟元には 高級ブランドの名が刺繍されたタグが付いている。 おそらく、一着数万円以上するだろう・・・ 余所行きのスーツならともかく、パッとみた感じ 普段着に羽織るような軽めのジャケット。 俺が学校で目にする西野先生は いつも、絵の具の汚れの付いた着古した服を着て 身なりには全く興味などなさそうなのに・・・ やっぱり変だ。 身なりだけじゃない。 彼は、自らが興味のないことには関心も欲もないんじゃないか? 飄々と其処にいるだけ・・・ それなのに流されるわけではなく 意思の強さを表す瞳を時折覗かせる。 俺は好きな男がいる身だ。 西野先生に恋をする事は決してないが 組み敷いて、攻めてみれば あの瞳が、どのような色に染まり どんな声で泣くのだろうかと・・・ 興味をそそられているのも事実だった。 その時の俺は・・・ それが現実に起こるなどと夢にも思いもしなかった。 用事を済ませ、学園へと戻る途中 紙袋が倒れ、中身が座席から足元へばさりと落ちた。 物思いに耽っていた俺は 適当に中身を拾って袋へ戻したが 封筒まで落ちていたのは見逃してしまう。 無意識下の出来事や習慣的な行動は あまり記憶に残らない事が多いが これも、そのうちのひとつだったんだ。 学園へ戻り、直ぐに美術室へ向い 教室の入り口の戸をがらりと開けると 中には数人の美術部員が居た。 「・・・あ、恭一さん!」 ニコニコと近寄ってきたのは・・・ 長いこと片想いをしている亮一の息子・・・ 櫻川 脩だった。 入学式の日に西野先生の事が好きだと公言し 美術部にまで入部してしつこく口説いているらしい。 彼を含めた3兄弟の母親が亡くなってから 世話好きの母が彼らを家に呼んでは手作りの菓子などを振る舞ったせいで とにかく母にも俺にもよく懐いていた。 その中でも一番俺と気が合う脩が マイノリティの道へ足を踏み込れようとしている。 世間的にはノーマルよりは辛い思いをたくさんするだろうし 止めさせたいと思う反面 恋というのは傷ついてみないと分からないモノだとも思う。 思春期の脩へ何と言えば良いのか・・・ 同じように高校生の時に亮一への恋心を自覚した俺が 一体、何を言えるだろうか? そのうち・・・ 脩を食事にでも誘って、それとなく話をしようか・・・ そう頭の隅で考えながら 「西野先生は居るかな?」 美術準備室のほうへ足を向けながら尋ねた。 「先生なら、何か急用が出来たとかで帰ったよ。  ・・・ジャケットでしょ?  受け取って、準備室へ置いとけって言われてる」 「・・・そうか・・・  じゃあ、よろしく頼む。  そういや・・・脩、高校生活には慣れたか?」 「・・・う~ん・・・まぁまぁかな」 「何だ?  お前らしくもない。  珍しく煮え切らない答えだな・・・」 「・・・失礼だな・・・  俺だってさ・・・色々あるんだよ」 それが西野先生との事だろうというのは直ぐに察しがついた。 「今度、飯でも行くか?」 「え?マジで!  うん、行きたい。  ・・・実は話したいこととか、結構あったりするんだ・・・」 切羽詰まってるなぁ・・・ 俺も16歳の時はこんな感じだったかなぁ・・・と 内心、面白いような懐かしいような 複雑な気持ちになり 目の前で、照れたように顔を背けてしまった まだあどけなさの残る顔を見つめる。 食事会の日時を決めて、美術室を後にして ジャケットの件はそれで終わりになるはずだった。 けれど・・・ それだけでは終わらなかった・・・ 俺は西野先生を憎み・・・ 身体も心も傷つけてしまう事になる。 数日後、俺のデスクの上へ一通の封筒が置かれていた。 運転手が車を清掃中に後ろの座席の下から見つけて 俺のデスクへ届けたらしい。 俺は生憎、その時・・・席を外していた。 そして最悪な事に・・・ その封筒は他の大量の手紙や書類と混ざってしまい 更に数日間放置されてしまったのだ。 俺がデスクの上に置かれたそれに目を通したのは ホテルへジャケットを受け取りに行った日から 既に数日が過ぎていた。 宛名も宛先も書いていない真っ白の封筒。 ・・・封さえもされていなかった。 俺は他の封書と同じように 何かの領収書でも入っているのかも知れないと たいして考えることも戸惑うこともなく その薄っぺらな中身を取り出す。 二つ折りになったメモの切れ端・・・ 俺はそれを目にして暫くの間 身動きが出来なくなってしまう。 その紙には、幼い頃より目にしてきた 少しくせのある字が数行綴られていたからだ。 『真くんへ  ・・・また逢いたい・・・  亮一』 その短い文面の後に書かれた番号とアドレス。 それは・・・ 俺の心を突き刺し粉々に砕いた。 西野先生の相手が・・・亮一・・・? ノーマルだと思っていた亮一が・・・ もしかしたら西野先生のパトロンかもしれない・・・ 信じられなかった。 若い頃から爽やかで清潔感溢れる亮一は 30代半ばになっても 変わらぬ雰囲気を保ち続けていたし 何より彼は女性と結婚し子供まで居るのだ。 何かの間違いかもしれない・・・ 若しくは・・・ 西野先生があの妙な色気を振り撒いて亮一を誘い 口説き落としのかも知れない・・・ そうかと言って俺は・・・ 亮一に聞く勇気など持ち合わせて居なかったし 答えを彼の口から告げられる事に耐えられる自信が無かった。 俺は・・・ 好きだと伝えて亮一に嫌われるかもしれない事が・・・ 怖かったんだ。 ・・・西野先生に訊こう・・・ その・・・ 俺が出した答えは間違いだった。 本当に好きならば・・・ 直接、亮一に訊けば良かったのだ。 やっとの思いで俺が腰を上げた時・・・ 外はすでに暗闇に包まれていた。 俺はそのメモを迂闊にもデスクの上へ無造作に置いたまま 美術室へ向かってしまう。 周りに気を配る余裕なんてひとかけらもなかったのだ。 そのメモを偶然、奏が見てしまうなんて考えてもいなかったけれど 結果的にはそれで良かったのだと思う。 神様の悪戯なのか・・・ それとも悪魔の仕業なのか・・・ どちらにしても俺は・・・ 西野先生の身体を陵辱し 消えることのない傷を 心に抱えさせてしまったのだから・・・ 俺はノックもせずに美術室へ入った。 部屋には誰もいる気配がなかったが 奥にある準備室から微かに光が洩れているのを目にする。 後ろ手に入り口の鍵を閉めた。 何故・・・ こんな遅い時間まで西野先生は学校に残っているんだろう? 亮一の家は学園の裏手にあるから、もしかしたら密会の時間まで 此処で時間を潰しているのかも知れない。 臆測から、さらに憎しみが増していく。 自分自身の怒りに近い感情がコントロール出来なかった。 何故? 俺のほうが亮一を愛しているのに・・・どうして? 今まで目を背けてきた欲望と どす黒く溢れ出して止める事が出来ない嫉妬の闇。 夢中でキャンパスへ向かっていた西野先生は俺が教室へ入った事も じっとその背中を見つめた事にも気付きもしなかった、 俺は細く頼り無い背中を見つめながら準備室の鍵を掛ける。 俺から亮一を奪う奴は壊れてしまえばいい・・・ 思考回路が完全におかしくなっていた。 ガチャガチャという物音にハッと気付き びくりと肩を震わせて振り向いた西野先生の瞳には 歪んだ俺が写っただろう・・・ 「・・・何だ、芹沢さんかぁ・・・  びっくりさせないで下さいよ・・・」 一瞬怯えたその表情に ぞわりと征服欲が湧き上がる。 ふにゃりと相好を崩し、舌っ足らずな声で問いかけられても 返事する言葉さえ俺は失っていた。 「・・・・・」 「・・・どうしました?  顔が真っ青ですよ・・・何かあったのですか?」 心配そうに、近づいてくる西野先生の無防備さにさえ 怒りが込み上げてしまう。 「・・・・・」 黙り込み、西野先生を凝視したまま動かない俺に 異変を感じたのだろう。 距離が縮まり、顔を覗き込むように俺に近寄ってくる・・・ 「・・・芹沢さん?」 俺は不安そうに小首を傾げた先生の両腕を掴むと そのまま・・・ 壁に、力いっぱい叩きつけるように押し付けた。 どんっ!という鈍い音が響く。 彼は一瞬「・・・ううっ・・・」と声を上げ眉を寄せた。 息が止まる程の衝撃を与えたあと、鳩尾を殴れば グエッ・・・と、喉の奥から潰れたような声が 開かれた西野先生唇から零れる。 膝から崩れ落ちて行く西野先生の首を両手で包み 問いかける俺。 「おまえ・・・亮一と寝たのか?」 抑えきれない想いが溢れ出してしまう。 自分でも驚くような低い声がしんとした教室に響いた。 意識を失いかけていた西野先生の耳に届いたのだろう・・・ 俺の言葉にピクリと反応した瞬間、俺は確信する。 「・・・寝たんだな・・・  何故だ・・・?  何故・・・?  許せない・・・許せない・・・」 もう・・・・ 止められなかった。 俺の手は彼の下半身へ伸ばず。 殴られた痛みからか朦朧として 抵抗する力さえ無くした西野先生を組み敷くと ズルッと下着とズボンを一気に引き抜き 下半身を剥き出しにした。 冷たい指先で乱暴に痛めつけるように 彼の萎えたままの分身を上下に扱く。 「・・・あぁ!や、やめろって・・んああ・・・っ!!」 朦朧とした意識を否応なしに引き戻し さらに追い上げていくと 痛みと恐怖で固まったままの西野先生の身体が 快楽を拾い始めた。 「・・・汚れた淫乱だな・・・」 俺は何度も、彼へ向かって 「淫乱」と繰り返し叫んだ。 そして 「お前は汚れてるから、亮一に嫌われるだけだ!  汚れたお前を亮一は二度と抱いたりしない・・・!」 そう言いながら、まだ解れていない蕾へ 無理矢理、自分自身を突き立て揺さぶった。 彼が「嫌だ・・・止めて・・・」と泣けば泣くほど 俺はその涙に煽られ余裕をなくしていく。 憎い・・・ 憎しみだけが俺を突き動かしていた。 西野先生の白い肌に亮一が触れて 「嫌だ・・・嫌だ!」と叫び続ける唇が 「亮一・・・」と名前を呼んだのかと思えば思うほど 彼を乱暴に突き上げてしまう。 西野先生が・・・ 憎かったし、羨ましかった・・・ 彼だけじゃなく、亮一までもが憎かった。 ・・・どうして俺じゃないの? 俺のほうがずっとずっと亮一を好きなのに・・・ 何故、気付いてくれないんだよ?! 俺はやり切れない怒りに身を任せたまま 美術準備室で西野先生のなかに自身の熱を幾度も吐き出す事でしか 憎しみや怒りを吐き出せなかったのだ。 ずるリと引き抜いた後 無防備に意識を飛ばした西野先生の後孔からは 白濁に混じって紅く色づいたモノが 内股をごぽりと流れ落ちた。

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