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第13話

あの日・・・ ホテルで西野先生と一緒に食事をした日から 俺の中で何かが燻っている。 仕事が忙しいから それとも・・・ あの事故で俺の右足を奪ってしまったという自責の念があるのか 父はあまり俺と会話をしない。 それがここ数日・・・ 仕事を理由にあまり家に寄り付かない父が夜に帰宅したかと思へば 『学校はどうだ?あれから西野先生と何か話したか?』と リビングで尚兄や脩がTVを見ている隣で ソファーに沈み込みゲームをしている俺に訊いてくる。 尚兄に訊いても碌な返事が返ってこないと思ってるのか それとも・・・ 脩の西野先生への思慕を感じ取ってるのか 父は俺に話しかけてくるのだ。 「・・・いや、別にこれと言って話してないかな」 ゲームの画面に視線を向けたまま答えれば 「そうか・・・」 少し憂いを含んだ父の声。 その声にまた、俺の中の何かが燻る。 違和感・・・と言うのだろうか? 何時もと違う父の・・・ どこか少年っぽい言動に違和感を感じてしまった。 仕事人間の父はまだ母が生きていた頃も殆ど家には不在で。 尚兄も脩も、もちろん俺も・・・ 幼い頃、父と遊んだ記憶が全くない。 もしかしたら抱き上げてもらった記憶すらないかもしれない。 そんな父は母を事故で失くしてから その事を忘れたいのか更に家に帰って来ることが無くなって・・・ 仕事漬けの日々を過ごす父とは一年に数回 顔を合わせるくらいだった。 時々、父にとって俺たち・・・ 亡くなった母も含めて・・・ 俺たちは必要のないモノのように思える時がある。 俺たち家族が父の足枷になっているような・・ 父の人生を邪魔しているような・・・ そんな感覚に陥ってしまう時がある。 それは・・・ 母が他界してから拍車がかかった。 母を失ってさみしいのは父だけじゃないのに 仕事を口実に全く、家に寄り付かなくなった父。 それを見かねた親戚である芹沢のおばさんが 俺たち兄弟を見てくれるようになった。 今もそうだ・・・ その芹沢さんのおじさんが理事を務める学園に通ってる。 俺の足のこともあってだろうけれど・・・ 俺の中に疑問が一つ浮かぶ。 そもそも父は母を失ってさみしかったのだろうか? さみしかったのは俺たち兄弟だけじゃないのだろうか? もう消えそうになっている細い記憶の線を辿ってみても 父が母と楽しそうに笑っていた思い出が・・・ない。 あの事故の時も・・・ 運転をしていた父の隣で母は悲しそうに何かを・・・ そうだ、確か・・・ 『あなたはまだ、彼のことを・・・』とか言ってたような・・・ その後、母がハンドルに腕を伸ばし揺れる車内に 急ブレーキの音と何かにぶつかる衝撃音がしたかと思うと カラダに痛みが走った。 下半身に走る激痛に耐えながら辺りを見渡せば 助手席に座っていた母は電柱に その真後ろに座っていた俺は壁に押し潰されていた。 「んっ・・奏、した、く・・ない、の・・・?」 俺の腹に跨って腰を上下に揺らして吐息を吐いていた尚兄が この行為に集中していない俺を見つめ不安そうに訊いてくる。 「・・・違うよ・・・」 尚兄の細い腰を掴み下から突き上げて言えば 「あ・・ぁぁ・・っ」 もう、尚兄の唇からは喘ぎ声しか発せられなくなった。 俺はそのまま二人が果てるまで 幾度も下から尚兄の奥を突き上げ快楽に埋もれ 俺の中で燻る何かに蓋をする。 けれど・・・ 心の奥に閉まったものから逃れる事ができないんだと 俺は数日後、知る事になる。 「奏、恭一さんが今度一緒に食事に行こうだってさ」 嬉しそうに話す脩。 「俺さ、西野先生のこと恭一さんに聞いてもらいたくって」 今度ははにかんで話す脩。 もしかしたら・・・ 恭一さんは修を心配して食事に誘ったのかもしれない。 あれは何時だった? 芹沢のおばさんが『ケーキを焼いたから食べにこない?』と 日曜日の午後、お茶に誘ってくれた・・・ 俺はもう義足にも慣れてしっかりと歩けていたから 中学3年になったばかりの春だったと思う。 甘いモノが苦手な俺を気遣って 玄関先で恭一さんが手招きをして部屋に呼んでくれ 『お茶が終わるまで本でも読んでろよ』と ベッドに俺を座らせるとウインクを一つ残し部屋を出て行った。 俺はベッドサイドの本棚に手を伸ばす。 ぎっしりと詰まった書籍の中から一冊抜き出そうとして 勢いが余ったのか 詰め過ぎだったせいなのか 原因はわからないけれど 手にした本以外に数冊の本が足元に散らばった。 それを拾おうとしてベッドの下に手を伸ばせば そこにひっそりとまるで見つけてはならないモノのように ベッドの下を態々覗き込まないと見つけられないように本が置かれていた。 それは・・・ 所謂、その趣向の人たちが集うハッテン場が書かれていて。 ああ、恭一さんも俺と同じなんだと知る。 そして・・・ 父に対する恭一さんの眼差しが 俺が尚兄に向けるモノだと同じなのでは?と考える。 恭一さんは父を見る時・・・ 本当に愛しそうに見つめていたから。 あの時・・・ 抱いた気持ちが確信に変わる。 「今日、奏も暇でしょ?  恭一さんも今日なら時間あるって言ってたし  俺、尚兄にも訊いてくるから奏は恭一さんにもう一回念押ししてきて!」 そう言って脩が暗くなり始めたグランドに走り出した。 俺の返答も聞かずに。 仕方なく俺は脩の願い事を叶えるべく 職員室の並びにある恭一さん専用に当てられた部屋へと向かう。 扉の前で軽くノックをして 「恭一さん、奏です。  入ってもいい?」 そう声をかけても返事が返ってこず ドアノブに手をかけ重心を扉にかけると ギィ・・・ 鈍い音をたてて扉が開いた。 開いた隙間から覗くと恭一さんの姿はなくて。 けれど・・・ 鍵をかけずに部屋を出たのだとしたら 直ぐに帰ってくるんだろうと思い 中で待たせてもらうべく部屋に入れば・・・ 西野先生と一緒に食事をしたホテルの名前の入ったメモ用紙が 床に落ちていた。 そのメモ用紙には『真へ』と書かれ 父の番号とアドレス。 そして・・・ 『・・・また逢いたい・・・』 という言葉と『亮一』という名前が・・・。 このメモに俺の中の燻りが晴れた。 それと同時にもしかしたら、今・・・ 西野先生は・・・!! そう気持ちは焦るのに俺のこのポンコツの足では走れなくて 俺はポケットのスマホを取り出し脩に電話をする。 その選択が間違いだったと後で気づくのだけれど この時はこれしか頭に浮かばなかった。 数回のコール音。 『奏・・・何?  まだ、尚兄を・・・』 脩の言葉を無視して俺は叫ぶ。 「今すぐ、西野先生を・・・美術室に行って!」 普段、大きな声など出さない俺に何かを察したのか 直ぐにツー、ツー、と言う通話が切れたこと知らせる音が スマホから聞こえてきた。 それから・・・ 俺は走れない足を疎ましく思いながらやっと美術室に着けば ドアの近くに表情を失くした恭一さんが立ち尽くしていて・・・ 「入ってくんなっ!」 脩の悲痛な声が美術室の奥にある準備室から聞こえてきた。

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