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第15話

朝、ホームルームを手短に済ます。 GW明けからこんな感じだ。 何故って? それは・・・ 櫻川と視線を合わせるのが気まずいから。 芹沢さんにお願いしたジャケットを櫻川にわざわざ持ってこさせ 「もう俺に纏わりつくな!」と釘を刺した。 その時、訊かれた言葉に上手く答えられなかったのもある。 『父さんと先生に何かあったの?』 そんな問いにどう答えろと? 昔、お前の父親と付き合ってて棄てられたけど 久しぶりに会って勢いでSEXしちまいました。 そう、答えろって? けれど・・・ どう繕ったってそれが事実だ。 俺にもっと上手に嘘をつける口があればいいんだろうけど 生憎、そんなもん俺は持ってねぇ。 だから・・・ 櫻川を遠ざけることで櫻川も俺も そして・・・ 亮一くんも守れるんじゃねぇかとしか思いつかなかった。 美術の授業なんて週に2時間。 水曜日にあるだけだ。 高校にもなれば担任なんてもんは三年生でも受け持たなきゃ余程のことがない限り 朝・夕のホームルームに顔を出すくらいだ。 俺と顔を合わさなけりゃ・・・ 櫻川はなかなかの男前だし 真っ直ぐとした性格の優しいヤツだから女子にもちろん人気がある。 同じ年頃の可愛い子と付き合えば こんなおっさんの俺に向けられた感情なんか直ぐにでも変わる。 そうだよ・・・ お前の父親がそうだったじゃねぇか。 その亮一くんの息子なんだ・・・お前は。 俺を棄てて綺麗な女性と結婚して幸せな家族を作った その亮一くんの息子なんだ・・・お前は。 そう考えると胸が痛むのに何故だか笑えた。 亮一くんを守りたいなんて思ってる自分に。 酷い棄てられた方しても 俺の気持ちなんか一切考えずに一方的に抱きやがっても それでもやっぱり亮一くんが好きな自分に笑えた。 暫くの沈黙の後 「何にもねぇよ・・・  昔、お前の親父さんに勉強教えてもらっただけだ」 そうぎこちなく答えた俺にきっと・・・ 櫻川は納得してないと思う。 だから・・・ 何か言いたげに見つめる櫻川の視線から逃れたくて 此処の所・・・ 用件だけを伝えるようなホームルームしか出来ずにいた。 今日は毎年恒例の球技大会ということもあり 担任としては失格だと思いつつも 俺は体育の長瀬先生に体調不良を理由に クラスのことを頼んでおいた。 我ながら用意周到だよなと苦笑してみる。 こういった行事が苦手なのもあるが 一日、櫻川の視線を浴び続けられないのが本音だった。 「後のことは長井先生の指示に従うように・・・」 そう、言えば生徒達から 「あ!西野ちゃん、逃げたな!」などと野次が飛んだ。 それに俺は「お、ばれた?」と言葉ではぐらかし 俺を真っ直ぐに見つめる櫻川の視線から逃れるように教室を後にした。 その後は美術室に閉じこもり 少し開けた窓から聞こえてくる生徒達の声を聞きながら 日展に出そうと休み中に買ってきたカンバスの前に立った。 どれくらい、カンバスに向かってた? 腹の虫が少し前に鳴ってたような気がしたけど それも無視して下書きを終えたカンバスに色を足していく。 まるで・・・ 何もなかったことにしてぇみてぇに。 そう・・・ 先日の亮一くんとのことを無かったことにしてぇみてぇに。 カンバスの上だけでなく 俺自身も綺麗な色で新しく塗りあげるみてぇに。 俺は何度もパレットに色を足しては筆にとり カンバスを塗り潰していた。 気づけば・・・ 外から嬉しそうにはしゃぐ声と悔しそうな声が入り乱れ 球技大会が終わったんだなと知る。 そして櫻川が来るのでは?と不安になって・・・ 卑怯だと思いつつも美術室に鍵をかけ また・・・カンバスに向かった。 陽も陰り、そろそろ電気をつけるかと筆を休めた時 — コンコン ドアを叩くノック音。 それにビクリと跳ねる心臓。 もしかして・・・櫻川? 一瞬にしてソワついちまう俺。 けど・・・ 「西野先生・・・いらっしゃいますか?」 芹沢さんの声に跳ねた心臓が落ち着いた。 俺はその芹沢さんの声に導かれるみてぇにドアまで歩み — ガチャリ 鍵を解きドアを開けると・・・ 何時もの柔和な笑みではない芹沢さんが立っていた。 その後のことは・・・記憶にねぇ。 『親父だけじゃなく、亮一くんまで・・・  どうして・・・どうしてだよ・・・っ!!』 無理矢理、俺の中に突っ込んで容赦なく攻め立てながらも 悲痛に叫ぶ芹沢さんの声しか思いだせねぇ。 抵抗したって体格の差や腕力は歴然としてる。 それでも・・・ 理事に抱かれてんのに 息子の芹沢さんとも関係を持っちまうことはダメだって・・・ その一線だけはどうしても越えちゃいけねぇって・・・ 手当たり次第男を喰ってきた俺でもそれをやっちゃ終わりだって・・・ そう思って何とか残ってる力を振り絞り逃げようと暴れれば 芹沢さんの拳が何度も俺を殴り 嫌な鈍い音がしたかと思うと 胸の辺りに痛みが走り その痛みで意識が遠のいていった。 気づけば・・・ 見たこともない天井。 俺の部屋の天井は木目なのに ここは・・・ 上品なオフホワイトのクロスが貼られている。 俺の部屋とは違う柔らかベッドに埋まるように横たわった身体を なんとか起こそうとすればまた、あの痛みが走しり 「・・・・っ」 声にならない呻き声をあげれば 「真・・・くん・・・気がついた?良かった・・・」 優しい声。 愛されていた頃のあの・・・ 優しい亮一くんの・・・声。 「真くん・・・何も考えなくていいから・・・  今はゆっくり休んで・・・  俺がずっと傍にいるから・・・  もう、離れないから・・・」 欲しくて 欲しくて たまらなかった言葉を 亮一くんが優しい声で囁いてくれて。 嬉しさからか・・・ 切なさからか・・・ 痛みからか・・・ わかんねぇけど・・・ 頬に涙が流れるのを感じながら また・・・ 意識が遠のいて行った。

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