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第16話

GWに偶然、真くんとホテルでばったりと会った。 その日俺は・・・ 自分の欲望のまま、彼を抱いてしまう。 真くんはあの頃と変わらずに 甘くとろけるような声で『・・・先生・・・』と名前を呼ぶから 俺は久しぶりに会った恋人みたいに 『亮一・・・って呼んで』等とつい言ってしまった。 「俺・・・やっぱ真くんのこと・・・もう抱けねぇや」 酷い言葉で、純粋な彼の心をズタズタに傷つけたのに・・・ 背中に戸惑いがちに回された腕や、熱を孕んで揺れる瞳が 今でも俺を好きだと伝えてくるみたいで 俺の心は激しく揺れてしまう。 真くんを傷つけ、捨てた後・・・ 俺は親の言いなりに家業を継いで、親の決めた相手と結婚をした。 子供も3人授かり 端から見れば、順風満帆な幸せな生活を送っていたが 俺はズブズブと暗い闇に突き落とされていくような毎日を過ごしていた。 『これが、好きな人を傷つけた罰なのだろうか・・・』 瞼の裏に浮かぶ、愛しい笑顔も いつしか色褪せていく。 そんな日々の中で 俺は自分の運転する車が追突事故を起こし ・・・妻を失った。 妻が俺の気持ちがまだ真くんに残っていると 耐えきれなくなった為、ハンドルを横から握って・・・ コントロールを失った事も・・・ 妻の嫉妬から起きた事故だった事も・・・ 墓場まで持って行く秘密だとずっと思っていた。 まさか・・・ 奏がそれを覚えているなんて・・・ 夢にも思っていなかったから。 そして、たまたま同乗していた奏の右足を奪い 俺は義足にさせてしまった。 それまでも妻や息子と顔を合わせる事が苦痛で、家族を顧ず 仕事に没頭していたが 俺はその事故を境に・・・ ますます仕事にのめり込んでいく。 息子達の愛する母親を奪い 奏の夢見た未来を奪ったのだ。 理由・・・? それは・・・ 仕事の事以外、何も考えられないほど忙しくしていないと 自らの心が壊れてしまいそうだったからだ。 そんな毎日を何年続けて来ただろう・・・ あの日・・・ 抱きしめた真くんの熱い眼差しと甘い吐息で スカスカで空虚な自分の心が まるでカラカラに渇いた大地に水が染み込んでいくように・・・ あっという間に、彼の優しさで満たされていくのが分かった。 『もう一度・・・やり直せるなら・・・』 俺は優しくする余裕もなくがっついて 真くんを抱き潰してしまったくせに そんな甘い未来を心の中で描いてしまう。 先程までの激しい行為に付かれてしまったのか 意識を飛ばしてしまった真くんの・・・ その可愛らしい寝顔を起こしてしまうのが忍びなく 彼のジャケットのポケットへ 自分の連絡先と 『また逢いたい』とメッセージを書いたメモを入れて 彼をひとり残し、ホテルを後にする。 まさか、彼がそのメモを見ることがなく 恭一が見てしまうなんて思ってもみなかった。 俺の大人気ない行動が、今回の事態を招いたのだ。 悔やんでも悔やみきれない・・・ 俺は真くんに一生消えない・・・ 辛い記憶をまた刻ませてしまった。 その日は取引先の社長と会食の予定が入っていた。 しかし体調を崩したから、他の日にして欲しいと 午後になり先方から連絡が入る。 『御子息の学校は、今日クラスマッチだったそうですよ。  またご一緒に食事してはいかがですか?  活躍の様子を聞いてあげるのも、あなたの役目ですよ?』 秘書の佐々木が胡散臭い関西弁で わざとらしく敬語を使って言ってきた。 大学の同級生で成績も優秀だが 他の秘書が言わない事をズケズケと言ってくる 有り難い友人である佐々木。 GWの時は真くんが一緒だったから 子供達とゆっくり話が出来なかったと思い 佐々木の提案に渋々・・・・ 肯定の返事をする。 彼が家に連絡している姿を横目で見ながら もうあれからだいぶ経つのに 連絡してきてくれない真くんの事を想うと 気が滅入ってしまう自分がいた。 『やはり・・・やり直すのは無理なのだろうか・・・  真くんもまだ忘れられないでいると感じたのは  俺の勘違いで都合のいい自惚れだったのだろうか・・・』 ふぅ・・・と溜め息をつき、窓ガラス越しに映る 見慣れた高層ビルの夜景をぼんやりと見つめていた時 「・・・え?・・・なんやって?  ・・・分かった、直ぐ社長連れて行くって伝えて。  着くまでよろしくお願いします!」 佐々木の慌てた関西弁が部屋に響き渡った。 「・・・どうした?」 「社長・・・なんや真くんが・・・  いや・・・いまは西野先生か・・・  とにかく、怪我したらしくて家に運んだそうやで!」 「・・・え!?  ど・・・どうしてそんな事に?」 思わず、ハッと息が出来なくなる。 「・・・それが、電話じゃ話せないとかで・・・  先に車に行ってるから・・・  亮一も鍵とか・・・ほら、支度出来たら家に向かうで!」 もう、同級生モードになっている横佐々木は ため口でそう言いながら バタバタと先に部屋を出て廊下を走って行ってしまった。 一体、何があった? 心臓がドキドキと波打っている。 ・・・悪い予感しかしない・・・ 『頼む、無事でいてくれ!』 祈るような気持ちで家に着くと 「・・・真くん?  おい、彼はどこだ?」 柄にもなく思わず叫んでしまっていた。 息子達の驚いた顔が目に映ったけれど それに構っていられるような余裕はなかった。 「・・・亮一、落ち着けよ・・・」 低い声・・・ 西島先輩・・・ そうだ・・・ 車の中で先輩が真くんの治療をしてくれていると 佐々木に言われたっけ・・・ 肩にがっしりと手をおかれ ふっと、我にかえった。 そのまま俺は二階の客間へ連れて行かれて 『まだ・・・鎮静剤で眠ってるからな・・・  ・・・あと・・・お前、引くなよ?』 西島先輩に真面目な声で呟かれ ドキリとした・・・ ベッドに横たわる真くんは頬が赤く腫れて 瞼も唇の端も切れて痛々しい姿だった。 「・・・ま、まさか・・・」 思わず漏れた言葉。 手首は包帯で巻かれ、綺麗な指先は傷だらけで。 そして・・・ 腕には点滴を打たれて動かないように固定されていた。 グッと震える拳を握り締める。 「・・・暴行されてる・・・  多分・・・その・・・強姦も・・・  身体はもっと傷だらけで酷いもんだ・・・  多分、肋骨もひびが入ってる・・・」 西島先輩が喋っているのが 遠くのほうで聞こえるみたいだった。 「・・・なんで?」 「それは分からないが・・・  相手は恭一だ・・・・・」 「えっ??」 先輩を見つめれば、苦虫を潰したような顔をしている。 「・・・物凄く抵抗したんだろうな・・・  じゃなきゃ、こんなに殴られるわけがない・・・」 その言葉に頭が真っ白になる・・・ どうして・・・? どうして恭一が? 愕然とする俺に、西島先輩が此処じゃない場所で 二人きりで話せるか?と聞いてきた。 『・・・彼には鎮静剤を投与してあるから、まだ起きないだろうが・・・  子供達には、刺激が強すぎる。  ・・・聞かせないほうがいいだろう?』 先輩の心遣い、黙って頭を下げる。 そんな俺に先輩は 『・・・貸しだぞ?』と 優しく笑みを浮かべた。 俺は先輩と書斎でこれからの事を話し合った。 待機して貰っていた佐々木にも入ってきてもらい 理事長との話し合いの件や 友人の弁護士にも連絡して 今後の相談をした。 真くんはひとまず、身体を動かせるようになったら 此処を出て、芹沢家の手の届かない別荘へ移す事にする。 学校も辞めたほうが噂が広がらないだろうとの 弁護士の意見に俺は賛成した。 それに・・・ 息子達も何が起こったのか分かっているだろう。 何故か、いち早く気付いて此処へ運んだのは息子達だ。 だが・・・ まだ高校生だ・・・ 知りすぎないほうが良い事もある。 しかも真くんが生徒である彼らと顔を逢わせるのは 苦痛だろう・・・と 皆の意見が一致したのだ。 深夜を少し回ったところで西島先輩と佐々木は 『また明日』と言って帰って行った。 心配して起きていた子供達にも とにかく明日だ・・・と言い聞かせ寝るよう促し 部屋に行くのを見届けてから そっと客間へ入ると 真くんが苦しげにうなされていた。 「・・・・っ」 「真くん・・・気がついた?  良かった・・・」 弱々しく開けられた目が俺に向けられ その眼差しに少しほっとしながら 「真くんは・・・何も考えなくていいから・・・  今はゆっくり休んで・・・  俺がずっと傍にいるから・・・  もう、離れないから・・・」 そう言って点滴のせいで冷たくなった腕と 傷だらけの手を俺はそっと握った。 真くんが握り返そうとして 痛みに「・・・っ・・・」と呻る。 そんな彼を安心させたくて 「大丈夫、ずっと此処にいるから・・・  真くんの傍にずっといるから・・・」 その手を包んで優しく声をかけると 真くんはふぅ・・・と息を吐いて また眠りに落ちていった。 「・・・真くん・・・ごめん・・・  もう・・・もう二度とキミから離れないから・・・  馬鹿だった俺を許して欲しい・・・」 真くんへの愛しさが溢れてくる。 もう・・・ 何があっても 誰に何を言われても 絶対にキミを離さないよ・・・ 俺は固く自分の胸に誓った。

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