19 / 22

第19話

静かだ。 とても・・・。 ずっと、都会の喧騒の中で育ってきた俺には経験したことのない静寂。 静かで、穏やかな時間が此処には流れている。 とても贅沢な・・・ 俺とは無縁の・・・ 俺の知らない世界。 俺が感じたことのない時間。 亮一くんがずっと過ごしてきた・・・世界。 森林の香りを含む風が頬を撫でて俺をフワリと包む。 けれど・・・ その風は窓辺に佇む俺を包み込んだかと思えば吹き抜けて行く。 まるで、亮一くんみてぇだ。 俺を受け入れ、温かな両腕で抱きしめ、突き放す。 亮一くんに言われるまま、此処に来ちまったけど・・・ 俺の知らない亮一くんの過ごしてきた世界を 知れば知るほど、感じれば感じるほど俺は不安になって行った。 怪我のせいで弱くなっちまってた俺は もう、二度と聞くことはねぇと思ってた愛の言葉を聞き その亮一くんの唇から発せられる言葉に酔ってただけ・・・。 色んな男に抱かれ どんなにベッドの上で乱れたって俺は亮一くんを求めてた。 だって俺は・・・ 亮一くんだけを求めてたから。 あんなひでぇ振られ方したのに・・・な。 それでも『愛してる』・・・ その言葉を亮一くんから言ってもらいたかった。 ずっと・・・ ずっと・・・ 欲していた言葉だったんだ。 けど・・・ 怪我の痛みも薄れ、少しずつ身体の自由が利くようになってくると 馬鹿げた愛の言葉の酔いから醒める。 醒めてしまえば全てが虚しく思えて。 つい数日前まで心地よく感じていた風がジメジメと湿気を含み 俺に纏わりつくような感覚に気分が悪くなった。 「真くん、どう?  まだ・・・痛む?」 無駄に広い部屋に置かれたソファーに腰をかけ 開いてた本から視線を俺に移した亮一くんが訊いてくる。 窓から吹く風がレースのカーテンを揺らす。 俺ん家とは違う、安っぽい合成繊維なんかじゃねぇ上品なレースが 亮一くんの方に向けた俺の瞳から亮一くんを隠す。 まるで俺と亮一くんを隔てるみてぇに。 此処に連れて来られて亮一くんの住む世界を知れば知るほど 感じれば感じるほど、俺は無口になって行く。 「やっぱり、まだ痛むの?」 開いていた本をたたむと亮一くんは立ち上がり ゆっくりと俺の立つ窓辺まで歩を進め 俺たちを隔てているカーテンを 何もないみてぇに手で払い俺を抱きしめた。 俺が感じてる亮一くんへの距離なんか 気にもなんねぇみてぇに抱きしめる。 俺は抱きしめられた亮一くんから香る 甘い香水が鼻腔を刺し痛みを覚え 温かな腕が酷く冷たく感じててしまう。 もしかしたら・・・ 亮一くんにとって俺も何でもない存在なのかもしんない。 ただ、小腹が減ったから目の前にある菓子を食うみてぇな・・・ そう大して好きでもねぇ菓子だけど腹が減ってるから食うみてぇな・・・ 「もう、痛くねぇよ・・・」 俺はそう口にするのがやっとだった。 それ以外、何も・・・頭に浮かばない。 気分が・・・ 抱きしめられた腕が気持ち悪ぃ・・・ 吐きそう・・・だ。 「・・・うっ」 胃がうねり口の中に唾液がダラダラと湧き上がる。 それを飲み込めば更に胃がうねる。 気分が・・・ 抱きしめられた腕が・・・ 感じる体温が・・・ 香る香水が・・・ 全てが・・・ 気持ち悪ぃ・・・ 『親父だけじゃなく、亮一くんまで・・・  どうして・・・どうしてだよ・・・っ!!』 誰かの声が俺の中でリフレインする。 『親父だけじゃなく、亮一くんまで・・・』 なんでこの声はこんなにも哀しみを含んでんだ・・・? 『どうして・・・どうしてだよ・・・っ!!』 なんでこの声はこんなにも怒りに震えてんだ・・・? 気分が・・・悪ぃ。 胃がうねり口の中に唾液がダラダラと湧き上がる。 それを飲み込めば更に胃がうねる。 気分が・・・ 抱きしめられた腕が・・・ 感じる体温が・・・ 香る香水が・・・ 俺が・・・ 僕が・・・ 大好きな亮一くん・・・ ううん、違う・・・ 先生以外に抱かれた俺が・・・ 気持ち悪ぃ・・・ 汚れてしまった俺が・・・ 気持ち悪ぃ・・・ 「先生・・・汚れてるんだよ、だから・・・もう・・・  あの時みたいに、俺を抱けないって言ってよ・・・」 そう言って混乱する。 先生・・・? 亮一くん・・・じゃねぇのか? あの時みたいに、俺を抱けないって言ってよって・・・ 『俺さ・・・やっぱ真くんのこと、もう抱けねぇや』 その言葉を言ったのは・・・? 亮一・・・くん? 俺の・・・ いや、俺の目の前にいるのは先生・・・? 「・・・ごめ・・ん・・・ごめん、な・・さい・・・」 俺を嫌いにならないでって言葉は嗚咽で言えない。 俺は・・・何故、泣いてる・・・んだ? 「真くん・・きみは、汚れてなんかいない!  ずっと・・・ずっと忘れられなかった・・・  真くん、きみを心から愛してるんだ」 ずっと忘れられなかった? どう言う・・・こと? ずっと一緒にいたじゃん? 高校合格して、ハンバーグ一緒に食って・・・ 俺から告白して、そんで抱かれて・・・ 蝉が五月蝿くって、暑くて、シャツが汗で肌にはりついて・・・ 気持ち悪くって、ホテルでシャワー浴びて・・・ ああ・・・ そんで俺、そん時・・・振られたんだっった。 『俺さ・・・やっぱ真くんのこと、もう抱けねぇや』って言われて。 じゃ、汚れちまったって感じるのは何でだ・・・? 俺は汚れちまったって感じるのは・・・ わかんねぇ・・・ 何かがぽっかりと抜け落ちてる。 そんな感覚。 頭ん中の、記憶の一部分だけ穴が開いたみてぇに。 そこだけ、ぽっかりと。 曖昧になっちまってる。 こう言って前にも・・・ そう、ここに来て間もない頃・・・泣いた気がする。 『・・やだ・・・汚れ・・てる・・・』って先生に縋って泣いて・・・ そんで、抱かれたんだったけ? 思い・・・出せない。 そこだけ、霞がかかったみてぇになっちまって。 俺は・・・ 俺は・・・なんで汚れ・・・た? 「汚れてなんかいないよ・・・凄く、綺麗だ・・・」 「・・信じて・・・いいの?」 「信じて欲しい。  真くん、愛してる・・・」 先生・・・ 泪で先生の表情が読み取れない。 笑ってるか、泣いてるのか・・・ 溜まった泪を流す為に瞼を閉じれば、唇に柔らかな感触。 ずっと欲しかった、柔らかくて温かな唇。 このままこの唇を感じていたい。 そう思っていたらスッと離れて 「口・・開けて・・・」 囁かれて薄っすらと口を開くと再び唇が重なり ぬるりと舌が入りんできた。 驚いて縮こまった舌を入りこんで来た舌に絡み取られ 吸われるように引きずり出さる。 吸われる度にくちゅくちゅ水音がして 飲み込めない唾液が喉を伝いTシャツに染みを作って行く。 苦しくなって背中を叩けば唇が離れ フッと口元に笑顔を浮かべた先生。 その先生に手をとられソファーまで行くとそのまま押し倒された。 染みを作ったTシャツは先生の手によって脱がされ床に落とされ 首筋に這う柔らかな唇の感触に感じていたら 強く吸われチリッとした痛みが走った。 「真くんは俺のモノだって印。  真くんも俺につけて・・・」 そう言って、着ている白いシャツのボタンに手をかけ脱ぎ捨てる先生。 上半身を起こした俺はなだらかな曲線を描く先生の肩に顔を埋め強く吸う。 先生から「んっ」って声がして強く吸ったところに目をやると赤くなっていた。 「先生、ついたよ・・・」 言えば・・・ 「これで俺は真くんだけのものだよ」って笑う先生。 その笑みが消えるとまた、俺はソファーに押し倒された。 先生の両手で頬をスッポリ包み込まれ 見つめられると恥ずかしくなって瞼を閉じる。 すると指が唇を撫で その指は顎、首、鎖骨と滑り落ち、胸の粒を摘む。 カラダに電流が流れたみたにビクンッと跳ねた。 「あ・・・っ」 唇から洩れた吐息に「可愛い」と呟く先生。 その言葉にも恥ずかしくなって、両手で顔を覆えば 「隠さないで・・・俺に全部、見せてよ。  真くんの全部・・・俺に見せて」 そう耳元で囁かれ覆っていた手をどかされ 頭上で一つに纏められ抑制されてしまった。 空いた右手で翔くんは起用にジーンズを脱がせ 少し息衝き始めたソレをやんわりと握ると上下に扱く。 その動きに唇からは吐息、閉じた瞼からは泪が零れる。 それも愛しいと言わんばかりに先生は零れ落ちる泪を唇で拭うと その唇で今度は吐息を塞いだ。 先生とのキスに夢中になっていると 何時の間にか指が双丘に向かっていて その奥にある窪みを円を描くようになぞる。 ゾワリと背中を走る感触。 それにブルッとカラダが震えた。 寒気が走ったみたいに。 けれど、それは決して嫌なものではなくて待ち望んでいた震え。 なぞられる指を早く奥へと迎え入れたい。 その気持ちが俺を動かす。 「先生、お願い・・・」 吐息混じりに呟けば 「もう、欲しいの?」 意地悪な言葉。 それがもどかしくって、恥ずかしくて閉じていた瞼を開き 「お願い、先生が欲しい・・・」 見つめて呟けば 「わかった。  俺を真くんにあげる」 心を溶かせる言葉。 それが嬉しくって、先生に向けて微笑んだ。 「あっ・・・んんっ・・・先、生・・・ん」 揺らされ、奥を突かれ、吐息に混ぜて名を呼べば優しく見つめてくれる。 見つめてくれた瞳の中には俺しか映っていなくて、胸が熱くなる。 「先生のことが、好き・・・だ」 俺は・・・ 揺らされながら告白する。 初めての時みたいに。 「先生のことが、好き・・・だ」 何度も・・・ 何度も・・・ 奥を突かれる度に声を詰まらせながらも 俺は・・・告白する。 「先生のことが、好き・・・だ」 激しく揺らされ絶頂を迎えようとした瞬間 「先生・・・西野先生・・・」 快感からか、揺らされてかわからない 定まらない視線をその声のするドアの方に泳がせれば・・・ ひとりの少年が立っていた。 先生に押し倒されソファーで抱かれる俺を見つめて 先生と呼びながらその少年は立っていた。

ともだちにシェアしよう!