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第20話

真くんの様子がおかしくなってから どれ位の時間が経っただろう。 「お願い・・・先生が欲しい・・・」 甘く、掠れた声で強請られ 濡れた瞳がゆらゆらと揺らめく。 熱のこもった視線。 火照って赤くなった頬。 体温が上がり、額にうっすらと滲み出した汗。 全てが俺を煽る材料でしかないけれど 本人はきっと無意識なんだろう。 真くんの腰が誘うように揺れて 互いの高ぶったモノが擦れ合う。 「・・・んんっ・・・ふ・・・」 声を漏らすまいと唇を噛み締め 吐息を零す真くん。 この官能的な姿を俺じゃない男にも晒したんだな・・・ 手酷く振って深い傷を負わせたのは自分なのに・・・ 恭一に暴行されたのだって結局、原因は俺なのに・・・ 真くんが他の男の前で 喘ぎ啼いたのかと思ったら抑えきれない欲望が ドロドロと湧き上がって くるみたいだった。 煽られるとか、そんな可愛いもんじゃない 真くんの放つ妖艶な色気で 深い闇の中に引きずり込まれていくようで。 俺は人の気配も足音も 何も気付かずに無我夢中で彼を抱いた。 腰を進め奥を突き上げれば 真くんは俺へ両足を絡ませながら 「・・・先生が好き・・・だ」 と、何度も何度も涙を零しながら 譫言のように繰り返す。 声を詰まらせ 「・・・先・・生・・・」 と、名前を呼ばれる度に嬉しくって・・・ 傷つけた俺を許して貰えているのだと 俺は勝手に勘違いしてしまっていたのだ。 真くんが身体を震わせ絶頂を迎えそうになると 熱く動く中がギュッと締め付けられ 俺も既に限界だった。 その時だ・・・ 「・・・先生・・・西野先生・・・」 背中越しに聞き覚えのある声が聞こえた。 ・・・脩だった。 意識が朦朧としているのか真くんの瞳は ぼんやりと俺から脩へと向けられる。 ほんの数秒見つめ合ったかと思えば 「・・・な・・んで・・・?」 脩の力無い声が聞こえ バタンと勢いよくドアが閉まった。 バタバタと廊下を駆けていく足音が響く。 「・・・うぅ・・やだ・・嫌だ・・・」 真くんは震える声で呟くと、顔を両手で覆い隠してしまった。 俺はまた・・・真くんを傷つけたのだ。 脩が別荘に来るなんて・・・ 考えすらしていなかった。 「大丈夫、大丈夫だよ・・・  脩には俺が説明するから、心配しないで?」 諭しながら優しくキスをしようとしても 顔を覆う綺麗な両手が邪魔をする。 「真くん・・・その手をどけて?」 そう言って、震えだした身体を抱きしめれば 「・・・俺・・・汚れてる・・・  汚れてる んだよ・・・  ・・・俺・・・先生に・・・  ・・・嫌だ・・・もう、嫌だよ・・・」 身を捩り、俺を拒否するように嗚咽を堪えながら 吐き出された言葉。 そして・・・ 何かを言いよどむように言葉が途切れる。 真っ青な顔で怯えるように震えながら 身体を丸めたその姿を見て 許された訳じゃなかった事にやっと気付いた俺。 そして恭一から受けた傷が まだ、その肌に・・・ その心に・・・ 未だに深く傷跡を残している事も分かった・・・ 真くんは・・・ 無理をしている・・・ どうして、俺は大切な人の気持ちに いつも気付けないんだ・・・? 自分の身勝手さに、嫌気がさし 「好きだ」と伝える事さえ間違いなのか・・・? との思いが胸をよぎった。 目の前にいる真くんが 急に触れてはいけない壊れモノのように感じて もしかしたら、どんなに言葉を紡いでも・・・ 何も伝わらないのかも知れない・・・ 俺では・・・ こんな風に傷つけるしか出来ないどうしようもない俺では 彼を笑顔にする事なんて無理なのかも知れない・・・ 「・・・脩を探してくる・・・  真くんは、寝室へ行っててくれる?  ・・・歩ける・・・?」 顔を覆ったままコクリと頷いた彼を残し 俺は重苦しい気持ちを抱えたまま部屋を後にした。 一階へ降りていくと リビングのダイニングテーブルに突っ伏している脩が居た。 「・・・脩・・・」 声をかけても顔を上げようとしない。 冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出すと グラスに注いで脩の前に置いた。 「・・・黙ってて悪かった・・・  父さん、西野先生のことが昔からずっと好きでな・・・  恋人同士だった事もあるだよ・・・」 その言葉に脩がゆっくりと顔を上げた。 「・・・何だよそれ・・・  分かんねえよ・・・」 真っ直ぐ射抜くような脩の強い瞳。 俺は間違いを犯したことにやっと気付いた。 脩の瞳の色を俺は知っている・・・ 俺と同じだ・・・ 脩も真くんのことが好きなんだ。 やたらと真くんに纏わりついていたのは ただ、担任だったからってわけじゃなかったんだな・・・ 「お前・・・西野先生が好きなのか?」 分かりきった事を確認するための下らない質問だと思う。 だが・・・ 聞かずにはいられなかった。 「好きだよ・・・俺は、先生が好きだ!  出逢った時から、ずっと・・・  ずっと、好きだよ・・・」 「・・・そうか・・・」 脩の言葉は・・・ 過去形じゃない。 まさか自分の息子と同じ人を好きになるなんて・・・ 「・・・捨てたんだろ?」 ふいに、鋭い言葉が耳に突き刺さ った。 「・・・なに・・・?」 「父さんは、先生を捨てたんだろう?  先生を捨てて・・・  母さんと結婚したから俺達が生まれたんでしょう?  それなのに、父さんは母さんを愛していなかった・・・  俺達のことも、本当は邪魔なんだろ?  だから、家にも帰って来ないんじゃないか・・・  俺達を避けてることぐらい、とっくに気付いてるんだよ!」 ああ、そうだ・・・ あの時の俺は・・・ 真くんを捨てて、家を継ぐ事を選んだ。 そしてまた・・・ 何も伝わらないからと・・・ 身勝手にも思い通りにならない真くんを また・・・捨てようとしている。 最低の男だ・・・ 「・・・その通りかも知れない・・・  俺は、以前・・・西野先生・・・真くんを捨てた。  彼を傷つけた・・・  だけど、誤解するな?  俺はお前達を邪魔だなんて思ったことは一度もない」 「嘘だ・・・」 ドアが開いて奏が入ってきた。 「・・・父さん・・・嘘をつかないで下さい。  あなたは母さんのことを愛していなかった。  そのことに母さんも気付いていたんじゃないですか?  だから・・・  あの時、母さんはハンドルを握ったんだ!!」 最後は叫ぶように 放たれた台詞。 あの一瞬の出来事を奏は覚えていた・・・ がくりと力が抜けた。 「・・・父さん・・・?」 尚の気遣うような声。 尚は肩で大きく息をつきながら俯いたままの奏を支え 近くのソファーへ座らせた。 「・・・父さん、脩・・・  何があったの?  ・・・ねぇ、西野先生は?」 尚が心配そうに問いかけてくる。 「おまえも来たのか?」 「うん・・・黙って来てごめんね・・・  でも・・・お互い様でしょ?  此処しか西野先生が居そうな場所が思い付かなかったんだよ。  久しぶりだから、少しだけ辺りを散策してきてから来たんだ」 「そうか・・・」 何も言わずに真くんを連れ出した俺が悪い。 その後、容体だけでも伝えれば良かったのに それすら・・・しなかったのは自分だ。 皆、心配してたのに・・・ 自分の事しか考えていなかった。 「・・・ねぇ、西野先生は大丈夫なの?」 尚の質問に何も言えずにいる俺の代わりに 脩が返事をした。 「・・・居たよ・・・  父さんと・・・抱き合ってた・・・」 脩が吐き捨てるよう言うと 「やっぱり・・・そっかぁ・・・」 尚がポツリ呟く。 やっぱり? ・・・気付かれていたのか・・・? 「父さん・・・西野先生が本気で好きなの?  それとも・・・身体だけの関係とかいわないよね?  ・・・まさか・・・弱ってる西野先生を無理矢理抱いたの?」 いつも優しく明るさの塊みたいな尚の声が 驚くほど低く冷たかった。 その表情もいつものように優しい笑みを湛えてはいなかった。 「・・・尚兄ぃ・・・」 脩が驚いたように呟く。 「父さん・・・俺達はもう・・・  何も分からない子供じゃないよ?  西野先生は俺達にとっても大事な人なんだ・・・  傷つけたら許さないよ?」 尚の言うとおりだ・・・ 俺は家族からも真くんからも逃げてただけだ・・・ 「・・・ごめんな・・・  俺はお前達から母さんを奪ってしまった・・・  奏の足も・・・  奏の夢も・・・奪ってしまった。  どうしていいのか分からなくて、逃げ出したんだ。  仕事に没頭すれば何も考えずに済んだから」 ひとりひとりの顔を見渡しながら俺は言葉を繋いでいく。 「本当に・・・  何と言って謝ればいいのか・・・正直分からない。  ただ・・・信じて欲しい。  俺はお前達が何よりも大切だ。  ・・・今日、そのことにやっと気付いたよ。  本当に今まで、最低な父親ですまなかった。  父親失格だな?  許して欲しいなんて、図々しいよな・・・  だが、これからもお前達の父親で居させて欲しい・・・」 そう言って頭を下げると奏が辛辣な台詞を口にした。 「父さんがどんなに頭を下げても、謝罪の言葉を並べても・・・  母さんは帰ってこないし  俺の足だって、元通りにならないよ!  それより ・・・先生とはどうなってるの?  ・・・最低の父親は・・・この後始末をどうつけるるもりなんだよ!!」 「奏、言い過ぎだ!」 尚が声を上げたが、奏の言うとおりだ。 俺はこれからどうしようとしていたんだろうか・・・ これからの事等・・・ 考えすらしていなかったかも・・・ ただ闇雲に真くんが好きだと騒いで 身体を繋いだだけじゃないか? それでは・・・ 何も解決しないし、変わらないよな。 俺は息を大きく吸って顔を上げた。 「俺にとって・・・  お前達はとても大事な存在だってやっと気づけた。  そして、西野先生・・・  真くんのことも同じくらい大切な存在なんだ・・・  お前達が許してくれるなら  真くんと一緒に暮らしたいと思ってる・・・」 もし・・・ 駄目だと言われても・・・ 何度でも何度でも 許して貰えるまで待とう・・・ それが・・・ 今まで家庭を顧みな かった俺への罰ならば 受け入れるしかない。 全てを捨てて・・・ 何を失ってもやっぱり俺は真くんだけは もう二度とこの腕の中から離すことは出来ない。 「・・・じゃあ・・・何で、昔・・・捨てたんだよ?  本気で好きなら、別れたりしないだろ?  父さんの事、信じられないよ・・・  先生をこれ以上期待させて、傷つけるな!」 脩の叫ぶ声が胸を刺す。 だが・・ 事実だ・・・ 真くんを捨てた過去は消えない。 これからを信じて貰うしかない。 「もう、二度と捨てたりしない・・・  傷つけてばかりだったけれど・・・  俺は真くんを本気で幸せにしたいんだ。  男同士なんて、気持ち悪いと思うかもしれない。  軽蔑されても構わない・・・  真くんにもう一度笑って貰いたいんだよ・・・  認めて欲しいとは言わない。  見ていて欲しい・・・  父さんのこれからを・・・  見守っていてくれないか?」 子供達に向かって自分の過ちを認め 思いをさらけ出すのなんて初めてだった。 けなされるだろう・・・ だが・・・ それでも。いい 俺はもう逃げないって決めたのだから。 「・・・どうせ、口先だけだろ?  父さんはいつだってそうだ。  先生のことも、俺達のことも  自分の思い通りにしたいだけなんだろう?」 脩のキツい言葉を遮るように奏が声をあげた。 「・・・ねぇ・・・西野先生・・・  西野先生はどう思ってるの・・・?  父さんの事が今でも好きなの・・・?」 えっ・・・? 俺は奏の目線の先を追った。 少しだけ開いたリビングの入り口のドア・・・ そこに凭れるように 細い身体を自分の腕で抱き締めながら 真くんが立ち尽くしていて。 その瞳は微かに濡れていて・・・ 此方をただじっと見つめていた。

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