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第21話

『先生・・・西野先生・・・』 櫻田の声が俺の中でリフレインする。 俺・・・ 何やってんだよ・・・・・ さっきまで俺を抱いていたのは・・・ 先生・・・じゃなくて・・・ 櫻田達の父親になった亮一くん。 あの・・・ 高校の頃、俺をふった先生じゃない。 十数年経って再開し抱いた後に俺を振った・・・ 亮一くん。 櫻田の父親の・・・ 亮一くんだ。 俺は亮一くんの事が好きな芹沢さんに・・・ 犯された。 ああ・・・そうだ。 俺・・・ 芹沢さんに犯されたんだった。 『先生・・・西野先生・・・』 俺を呼ぶ櫻田の声が俺を現実に引き戻す。 そうだ、俺・・・ 昔、先生に振られたんだ。 そんで理事に抱かれた後、ホテルで偶然再会して・・・ もう先生じゃない亮一くんに抱かれたんだ。 そん時、ジャケットをホテルに忘れて・・・ 芹沢さんに亮一くんとの関係がバレちまって・・・ 俺、芹沢さんに犯されたんだ。 ああ・・・そうだ。 そんで、櫻田達に助けられて・・・ 傷を負った俺は亮一くん家に世話になって・・・ 亮一くんが言ったんだ。 俺のこと・・・ ずっと忘れられなかったって。 俺のこと・・・ 心から愛してるって。 あんな姿を子供に見られて 父親として逃げ出してぇだろうに 亮一くんは今、ひとりで俺の為に・・・ そう思うと勝手に足が話し声のするリビングへと向かった。 半円を描かれるように作られた階段を下りると 言葉がしっかりと聞き取れる程の怒鳴り声。 櫻田の吐き棄てるような・・・ いけないと思いつつもドアの陰に隠れ中を覗けば 櫻田の兄と双子の兄の姿もあり、三人で此処に来たんだと知る。 辛辣な言葉を浴びせられながらも 毅然とした態度で答える亮一くんに俺は胸がキリキリと痛んだ。 昔・・・ あんな酷い言葉をかけて俺を棄てた亮一くん。 その亮一くんが子供達に頭を下げてる。 俺のために・・・ 子供達からどんなに罵られようと受け止め、謝罪し それでも俺とのことを許して欲しいとはっきり言葉にしてくれている。 それなのに俺は・・・ 俺は・・・・・ 何もしないまま、此処に隠れてるの・・・か? 俺にだって責任はあんのに・・・ 櫻田にきちんと話さなかった俺にも責任があんのに・・・ 亮一くんにだけ、こんな辛い想いをさせて・・・ 俺は・・・ 俺は・・・・・ それで・・・いいのか・・・よ? 震える唇を押さえ 視線を彷徨わせていると俺の存在に気づいた櫻田の双子の兄が 「・・・ねぇ・・・  西野先生・・・西野先生はどう思ってるの・・・?  父さんの事が今でも好きなの・・・?」 俺に訊いてきた。 その声に皆の視線が俺に向けられる。 俺はドアの陰から一歩でると 「俺は・・・  俺も亮一くんが好きだよ。  ずっと、忘れられなかった」 そう、はっきりと口にした。 その後「櫻田、ごめん」と謝る俺に 亮一くんは駆け寄り肩を抱くと 「真くんは寝室にいてって言っただろ?  これは俺の問題なんだ。  真くんは横になって・・・」 その亮一くんの言葉を遮るように俺は言う。 「二人の問題だろ?  亮一くんだけの問題じゃない。  もう・・・何でも自分だけで抱え込むなよ。  俺はあん時みたいにガキじゃねぇんだ。  だから、今度は一緒に・・・二人で乗り越えさせてくれよ」 「真くん・・・」 俺の名を呼んだ亮一くんは「わかった」と言うと 俺の肩を抱いたまま部屋の中へと導き ソファーに座らせ自分も隣に腰をかけた。 そんな俺と亮一くんを櫻田はきつく唇を噛み締め、睨みつける。 俺は肺にたまった息を吐き、睨む櫻田から視線を逸らさず話す。 「芹沢さんから助けてくれてありがとう。  なのに・・・何も言わず逃げてきちまってごめん。  俺のこと・・・心配してくれたんだろ?ごめん。  俺・・・あんな姿、見られちまって  お前に・・・櫻田になんて言っていいかわかんなくって。  だから・・・逃げた。ごめん。  そんで・・・また、見せなくていい姿を見せちまって・・・  本当にすまない。  けど・・・俺は亮一くんが・・・  お前達の父親の亮一くんが今でも好きだ。  振られてショックで色んなヤツとも付き合った。  恋だってした。  それでも・・・ずっと忘れられなかった。  亮一くんのことは初恋だったんだ。  人生で初めて真剣に誰かに恋して愛して・・・   俺なんかより、お前達の方が亮一くんの置かれた立場とかわかるだろ?  それで、俺は振られたんだ。  家の為に望まねぇことだって受け入れなきゃならねぇ時だってある。  多分、それが大人になるってことなんだと思う。  夢がねぇ言い方ですまねぇけど・・・  仕方ねぇ・・・今なら理解できることでも  あん時はガキで理解できなかった。  けど・・・俺ももう大人になった。  それを理解できるぐれぇの大人に。  俺の知らない亮一くんとお前達の時間に何があったのかは知らねぇ。  もし・・・俺のせいで大切なモンを失っちまったんなら  赦してもらえるまで俺は謝り続ける。  俺に出来ることがあんなら、何でもする。  だから・・・亮一くんのことは赦してやって。  頼む・・・」 ここまで一気に話すと、櫻田の唇が先生と小さく動いた。 俺はそれを確認して、言葉を続ける。 「俺、亮一くんが好きだ。  きっとずっと、これからも・・・  俺と亮一くんのこと、赦せねぇって言うんなら  もう二度と亮一くんには会わない。  けど・・・好きって気持ちは変えれそうにもねぇよ。  だから・・・お前達の父親だけど  亮一くんのことずっと好きでいさせて欲しい」 「真くん・・・」 その言葉に今度は亮一くんが俺を呼ぶ。 日も陰り始めカーテンを揺らす風がヒグラシのもの悲しげな声も運んできた。 その声に聞き入ってるのか誰も口を開かない。 それが答えなのか・・・と取った俺が立ち上がり部屋をでようとした瞬間 重い空気を櫻田の兄の声が切った。 「脩、奏・・・もう、いいだろ?  父さんも、西野先生もこんなに求め合ってるんだよ?  ねぇ、赦してあげよ?」 「「尚兄ぃ・・・」」 「父さんも苦しんだんでしょ?  それでも・・・俺達を育ててくれた。  母さんのことは・・・もう少し時間をくれる?  奏は足を失くしたんだ。  もしかしたら赦せないかもしんない。  でも・・・誰かを好きになるって気持ちは俺達だってわかる。  好きって気持ちに罪はないじゃん。  好きになってしまう気持ちは誰に止められないし、誰も・・・悪くない」 「尚・・・」 「父さん、脩と奏は俺が責任もって家に連れて帰る。  来週から始まる学校もちゃんと行く。  だから・・・父さんは大ちゃんとちゃんと分かり合えるまで話しあって。  どんなに時間がかかってもいいから・・・。  そんで二人で家に帰って来て。  そん時には笑って二人を迎えられるようにするから・・・」 そこまで話すと俺達から視線を移し 「大丈夫だよな?脩、奏・・・」と優しく笑って二人の頭を撫でる。 頭を撫でられながら、今にも泣き出しそうなのを必死に堪える櫻田。 俺はその櫻田にもう一度「ごめん」と謝った。 その後・・・ 「もう遅いから・・・」と今夜は泊まって行くように 亮一くんは三人に提案したが それを櫻田の兄が「それは今の脩に酷でしょ?」と断り 「もしかしたらって思ってたから、横山さんに連れてきてもらったんだ」と おどけて舌を出しスマホを触る。 近くで待機していたんだろうか、15分ほどで迎えに来た横山さんが 「時間外勤務で請求しますさかいに、よろしゅう!」と言うと 車中から三人の笑い声が聞こえてきて少しだけホッとした。 それは亮一くんも同じだったらしく表情に出ていた。 陽も落ち、辺りもすっかり暗くなり あのもの悲しげなヒグラシの声ももうしない。 いざ、二人っきりになると照れてしまう。 車を見送った俺が俯いていると 亮一くんの温かな腕がそっと俺の肩を抱いた。 「真くん、中に入ろっか・・・」 そう言って俺を促す亮一くんの言葉に頷く。 毎日、午前中に来ている 別荘の管理人兼お手伝いさんが作ってくれた夕食を温め直して二人で食べる。 けど・・・ 今夜は何時も以上に無口な俺に亮一くんも困ったような顔をして 「とりあえず、食べよう!それから、ゆっくりこれからのこと話そう?」 ・・・って提案してきた。 俺はそれにも無言で頷き、フォークで魚のムニエルを口に運んだ。 まだ食欲のあまりない俺は半分ほど食うともうダメで・・・ 亮一くんが美味そうに食べるのを見てると ハンバーグを食いながら告白した時の事を思い出しフッと笑ってしまう。 だって亮一くん・・・ あん時とおんなじ顔して食ってんだもん。 そう思ったら、もう笑いが止まらなくなっちまって。 そしたら亮一くんが「如何した?」って訊いてくんだけど そう訊いてくる亮一くんも昔と全然変わってねぇし。 俺達・・・ 何、遠回りしてきちまったんだろう。 色んな人を巻き込んで・・・。 俺は・・・ 確かめねぇといけねぇことがある。 これから、亮一くんと始めるには確かめねぇといけねぇことが。 亮一くんは後でゆっくりって言ってたけど・・・ 今、俺は訊きたい。 「亮一くん・・・」 「・・・ん?」 「あのさ・・・なんで奥さん亡くなったの?」 俺の質問に一瞬、亮一くんの顔が曇る。 けど・・・ それは本当に一瞬で。 亮一くんはフォークを置き、姿勢を正して俺に話し始めた。 「真くん・・・妻が亡くなったのは君のせいじゃない。  それだけは分かって聞いてほしい。  俺、真くんに告白された時、親の決めた許婚と結婚が決まってた。  ごめん、それでも・・・  俺は真くんを可愛いと思ってたし、好きだった。  真くんを欲しいと思った。  この気持ちに偽りはない。  でも、俺は櫻田家の長男で櫻田財閥の時期後継者に決まってた。  その為には・・・親の決めた彼女と結婚しなければならなかった。  だから・・・真くんを棄てた。  あんな酷い言葉で・・・最低な奴だと思う。  あんな酷い言葉吐かなきゃ、真くんと別れらられなかったんだ。  未練が残りそうで。  それでも・・・ずっと真くんを忘れられなかった。  本当にずっと・・・それを妻も気づいてて・・・。  あの日・・・事故で妻と奏の足を失くした日・・・  久しぶりに出張先の海外から帰ってきた俺と食  事に行こうって話しになったんだ。  ホテルで二人で食事をしていた時は良かったんだ。  妻もにこやかに笑っていた。  それが・・・書店に来ているからと奏から連絡が入って  その奏を迎えに行き家に向かって車を走らせている時だった。  俺のせいでノイローゼ気味になってた妻が突然  俺が運転していた車のハンドルを握って・・・  あなたは私を愛していないって・・・  俺が止める間もなく急にハンドルを切った。  そして、妻は・・・・・  その事故で奏も足を・・・  俺が悪いんだ・・・  全て俺が・・・」 そこまで話した亮一くんはテーブルに肘をつき頭を抱え込んだ。 俺は席を立ち、そんな亮一くんを後ろから抱きしめる。 「真くんに酷い言葉吐いて棄てて、妻も傷つけて殺して・・・  奏の足も・・・野球選手になりたいって夢も奪って・・・  俺は最低な奴なんだよ」 そう言って肩を震わせ、嗚咽を我慢する亮一くん。 俺は抱きしめた腕に力を込めると唇を開いた。 「亮一くんだけのせいじゃねぇよ・・・  こんな言い方、ダメなのかもしんねぇ。  けど・・・世の中にはどうしようもできねぇことってあると思う。  ホント、情けねぇけど・・・  ホント自分ではなんともできねぇことがあると思う。  俺だって・・・芹沢さんが亮一くんのこと、好きだったなんて知らなかった。  もし、知ってたとしても・・・亮一くんのこと好きになってた。  今だってそうだろ?  俺の生徒でもある櫻田を・・・  亮一くんの子供たちを傷つけて・・・  それでも、俺・・・  やっぱり亮一くんのこと好きって気持ちを止められねぇ。  お互い様なんじゃねぇ?  亮一くんと俺がこれからを始めるには、今までのこと乗り越えねぇとな」 そこまで言うと亮一くんは振り返り 今度は反対に俺を抱きしめてくれる。 そして・・・ 俺の唇にゆっくりと亮一くんの唇を重ねてくれた。 その唇はもう・・・ あの時みてぇにハンバーグの味はしなくて。 亮一くんと俺が流した泪の味がしたけど・・・ それが・・・ 初恋じゃなく、新しい恋を・・・ 新たな二人の時間を刻む約束の味みてぇで。 遠回りをしちまった分・・・ 周りを巻き込んじまった分・・・ 幸せになりてぇと願う。 俺達二人が幸せなることで 赦してもらえるように頑張りてぇとも思う。 色んなことを犠牲にしてこれからの俺たちがあるんだから。 贖罪を胸に愛し合う二人でいてぇと願う。 例えこれからが贖罪の日々で終わろうとも 亮一くんを好きって気持ちは変えられない。 なら・・・ 赦してもらえるまで亮一くんとふたりで頑張りてぇと思う。 何もかも投げやりに生きてきた俺にやっと・・・ 亮一くんと言う大切な存在が出来たんだから。 この先、何があっても俺は・・・ 亮一くんと離れない。 俺にとって亮一くんは・・・ 初恋であり、幾つもの恋で傷つき、泪を流してやっと・・・ 辿り着いた大切な人なんだから。

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