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再びの夫婦─檻─ 5
「まだ、葵は泣いているの……?」
淡々と、しかし、さっきより低い声が聞こえ、ビクッと肩を震わせながら、顔を上げた。
音もなく現れた兄の姿は、浴衣ではなく、葵から見て右側の髪を撫でつけ、そして、白の長着に、金の刺繍で施された、桜の紋の入った白の羽織、下にいくにつれて徐々に灰色かかっていく袴。
ああ、あの時 と同じ──。
葵人は絶望を抱いた。
「やっと泣き止んだかと思えば、人の顔を見るなり、この世の終わりみたいな表情をするのは、一体何なのかな」
「ぁ…………ぇ……っ」
「あの時は、嬉しそうな表情をしてくれたのにね。……こうなるのなら、本当に産まれた時から、一歩も外に出さなければ良かった。そうしたら、いつまでも純粋で、僕だけを想ってくれる愛しい弟、もとい、妻になったのにね」
「…………っ」
一歩、前に出た反射で、一歩後退しようとした。だが、まともに立つことも出来ない足と、背後にいる使用人もあり、下がることすら出来ない。
そんな葵人のか細い左手首を掴むと、そのままぐいっと、天井に向かって引っ張り上げた。
そのような形でまともに立つことが出来るはずもなく、思わず膝立ちをしていると、「ふざけているの?」と怒りを滲ませた声が頭上から降り注いだ。
「そんなにも僕と顔を合わせたくないわけだ。そうだよね。それぐらい葵は、やましいことをたくさんしてきたんだもんね」
違う。違うっ。
必死になって首を横に振った。
「嘘を吐くのは良くないよ。というよりも、どこで嘘を吐くことを覚えたのかな……? 本当にろくでもないことを教えてもらったようだ。それも含めて教え直さないとね」
「…………っ」
得体の知れない恐怖が葵人を包み込み、肩をこれでもかと震わせる。
もう、ダメだ。これ以上何かをしても、兄を怒らせるばかりだ。ただ兄の言うことを聞いて、罪を償うしか自分には残されていない。
あと、これから遅からずともやってくる役目も。
「……お前達二人は下がってもいい」
「はい、失礼します」
「失礼します」
「あの、私は……?」
絶望に打ちひしがれている葵人はよそに、頭上では葵人の着替えを手伝っていた使用人らの会話が聞こえた。
残った一人は、葵人のことを強めな口調で言っていた人だ。
その声音は、どこか震えていた。
その使用人に、碧人はこう言い放った。
「"籠の鳥"にでもいろ」
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