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懐妊 1 ※嘔吐
その日は、いつもよりかは部屋が明るく感じたため、外が晴れていたであろう日だった。
食事をし終え、そのまま碧人の膝上に横抱きとなり、胸に頭を預け、微睡み始めていた時だった。
急に、胃から急速にせり上がっていき、咄嗟に両手で口を塞いだ。
「葵?」
葵人の異様にすぐに気づいた碧人は、顔を覗き込んでくる気配を感じた。
その瞬間、口の中につい先ほど口に入れた物がいっぱいとなり、口を開いたら、出してしまいそうな状態となった。
ところが。
「……お、ぇ……」
碧人の方とは反対側の畳に顔を向けた瞬間、耐えきれず、口の中にあったものを戻してしまった。
びちゃびちゃと不快な音と共に口から出てくる、消化している最中のもの。
それが畳を汚してしまい、酸っぱい臭いが混じる、鼻を摘んでいたいほどの臭いが部屋に広がった。
「ごめん、なさ……い。 ごめ……なさい……」
口の中に広がる不愉快なものを感じながらも、自分が然るべき場所に戻さなかった悪いことをしてしまい、碧人が何か言う前に、涙目になりながら必死に謝っていた。
どんな罰も受けるから、怒らないで。
誠意を見せようと、戻した箇所に這いつくばろうとした時、ぐいっと碧人の方に引き寄せられた。
その勢いで碧人の胸に顔がつく形となってしまい、バッと顔を上げた。
「ごっ、ごめんなさいっ! 服を汚して……」
「そんなこと、気にしないで」
慈しむような眼差しで、口元を拭われる。
未だかつてない優しい声色に、呆然としてしまった。
そんな間抜けな顔が可笑しいと思ったのか、碧人はくすくすと小さく笑っていた。
「葵。他に具合が悪いところはない?」
「……ぁ、……と、まだ吐き気と、多分、熱っぽい気もする……」
「そうなの。そうだとしたら、確信に近いかもしれない」
「……え……?」
それはどういうこと、と聞こうとしたものの、少しでも口を開いたら、また戻してしまうと怖くなってしまい、言葉が途切れてしまった葵人の頭を優しく撫でていた碧人は、「横になっていようか」とするりと、着物の襟を下げ、左肩を露出される。
突然の出来事に状況が上手く飲み込めずにいる葵人の、次に目が映ったのは、碧人が懐から取り出した、小さな注射器。
「な、……に……」
「大丈夫。よく眠れるお薬だから」
反射で碧人から離れようとしたものの、がっしりと腰に手を回され、身動きが出来ず、混乱する葵人がまた、今度は碧人の服に戻してしまっている、その瞬間。
チクリ。左腕から爪を立てられたような小さな痛みを覚え、眉を潜めた。
それがつい先ほどの注射器が打たれたのだと思ったのと同時に、抵抗する気が無くなった葵人は、碧人の肩にもたれかかる。
そうしていたのち、微睡みかけた葵人の頭を碧人は、愛おしげに撫で始めた。
「大丈夫。葵にとっても良い事だと思うから」
碧人の言葉を理解をする前に、視界がぐらつき、ぷつんと視界が途切れた。
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