84 / 122
出産 1
「いつき……あさひ……たつ、き……」
いくつもの仮の名前を呟いて、撫でていた。
あれから名前が決まってないうちに、いつ産まれてもおかしくない時期に差し掛かったと、碧人から聞かされた。
もう、産むことになってしまったのか。
未だに憂鬱な面持ちでいる葵人は、一人、ため息を吐いた。
このような人の元で産まれ、育てられた子どもが楽しく、幸せになれるとは思わない。
産むことは自分にしか出来ないから、産むのは頑張る。その後は、碧人が育てて欲しい。
どうせ自分は、碧人なしでは何も出来ないのだから。
「……?」
不意に、後孔から温かいものが流れた感覚があった。
常に晒してある臀部の下には、動くこともままならないため、いつでも排尿出来るようにと、ペットシートを敷いてくれていた。
それが何なのかとこの目で確認してみようとするが、やはり腰を浮かすことも一苦労であるので、そのまま見ずにいたが、この間でもその排尿のようなものは勝手に流れている。
それから、しばらく経ったぐらいだろうか。ズクズクというような、腹の奥底から痛んでくるのを感じた。
それが段々と強い痛みが感じられ、腹部を抑えて、やや前屈みとなった。
その時に、畳に布が擦れるような音が聞こえ、「あ、おとさ……っ」と脂汗を滲ませながらそちらを見やると、使用人が慌ただしく部屋から出て行くところだった。
碧人は何かに忙しいらしく、葵人の元に来ることは限りなく少なくなった。から、代わりに使用人がずいぶんと前からいたらしいが、つい碧人だと思い、助けを求めてしまう。
「い……っ、い、た……っ」
さっきよりもさらに強く痛んでいき、歯を食いしばって耐えようにも耐えられず、ボロボロと涙を流して身悶えていた。
やだよ。痛い。碧人さん……っ。
「葵っ!?」
酷く驚いて叫ぶ、会いたかった人の声に、ゆっくりと顔を上げた。
今まで見たことがないような表情で、こちらに駆け寄ってくる彼の姿に、少し安堵をした。
「……あ、……と、さ……」
「陣痛が始まったんだね。これから産む準備をするから」
陣痛の意味が半ば理解していないながらも、「産む」という言葉に血の気が引いた。
この時が来てしまった。
「や……っ、こわ、い……こわ……」
「大丈夫。こうやって手を繋いでいるからね」
繋いでいた手をぎゅっと、強く握りしめてくれる。
それだけで心が和らいた気がして、弱々しくも握りしめ返した。
ともだちにシェアしよう!