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出産 4
「はい、いきんで」という使用人の言葉に半ば遅れて反応しつつ、いきみ始める。
「なかなか出てきませんね……。一人目で開いたので、すぐに出てくるはずなのですが……」
「葵。もしかして、痛くなくなった……?」
「え……? ……あ、言われてみれば……」
たしかに、先ほどの死にたいぐらいの痛みはなくなっている。
そっと腹部を触る葵人の傍らで、碧人は「……まずい」と顔を顰めた。
「このままだと、二人目が上手く出てこれないかもしれない。そしたら、帝王切開することになる」
「どういう、こと……?」
「陣痛があったから、赤ちゃんを外へと促すことが出来たの。だけど、それがなくなってきたということは、酸素が行き届かなくなるし、最悪……」
目を逸らし、濁した言葉の続きに、葵人はすぐに分かってしまい、青ざめた。
「ぼ、僕、頑張るからっ!」
「……うん、応援してる」
顔に汗で張りついた前髪を、指で掬うように撫でる碧人の微笑みを見た後、「落ち着いて。息を吐いて」という言葉のもと、息を吸い、いきむ。
お願い。出てきて。
「少しずつ出てきてますよ。ゆっくりゆっくり、息を吸って……吐いて」
使用人がそう言っているのと、葵人自身も先ほどのように産道に通ってきているのが、再び起こった痛みにより直に感じた。
短く息を吐き、頭が出てきたという言葉に少々の喜びと、早く出してあげなきゃという焦りをしてしまい、勝手にいきんでしまっていると、「赤ちゃんが痛がってしまうから、息を深く吐いて」と碧人に指摘されたことにより、ふー……と息を深く吐いた。──直後。
「出てきました。……ですが」
二人目の赤子を抱く使用人の姿に、ホッと安堵をしたのも一瞬で、産声が聞こえないことに気づいた。
ぴくりとも動かない小さな命。
つい先ほどの自身の行いが頭によぎり、激しい後悔の雨が降り注いだ。
自分があんなことをしなければ、あの子は。
整いかけていた呼吸が徐々に乱れていく。
「葵っ、どうしたの、大丈夫? 深呼吸を──」
「大、丈夫、じゃない……っ、ぼ、僕の、せいで……」
産むことだけは頑張ると思っていたのが、結局はそれすらも放棄しようとした。
妊娠中だって、生まれてもない二人に手をかけようとしていた。
碧人が絶対に後悔にすると言っていたのに、それでもしないと言い張って。
なんて、なんて、大きな罪を犯そうとするのか。
本当に、僕は。
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