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育み 8

何も言い返せなくて、代わりに頬を膨らませ、無言の抗議をしていた葵人であったが、ふと気が変わり、「そんなことよりも、新が立った姿を見て」と言ったのを機に、自然と手を離した碧人に見せつけるように、新の小さな両手を片手ずつ添える。 「新。もう一度、お父さまに立ったところを見せることが出来ますか?」 「うっ」 葵人の言葉に返事をしたらしい新が、葵人の手を支えに、しゃがんでいた姿から、ゆっくりと立ち上がった。 その姿に、ぱあっと目が輝いた。 「よく出来ました! ほら、碧人さん! 新が立てたよ!」 「本当だね。ふふ、新はあんよが上手だ」 「ふっふ〜!」 にこやかな笑みを浮かべた碧人が、新の可愛らしい頭を撫でると、新は嬉しそうに笑った。 ──と、そこに、不機嫌そうな声が上がった。 見ると、葵人の膝上に両手を添えて、こちらを見上げる真の、今にも泣きそうな表情が目に映った。 新を座らせて、「あらあら、どうしたのですか」と抱っこをしようとしたが、今までに見たことがないぐらい暴れた。 「そんなに暴れると、落ちてしまいますよ」 「多分、真もきっと新と同じように、お母さまに手伝ってもらって、立ってみたいのだと思うよ」 すかさず言ってくる碧人の言葉に、ハッとした。 「真、そうなのですね?」 「うっ、う〜っ!」 「分かりました。でしたら、新と同じことをしてあげますから」 下ろし、新と同じように手を添えてみせると、足をぷるぷるとさせ、ゆっくりと時間をかけながらも何とか立ち上がることが出来た。 「ふふ、真もよく出来ました」 「あぅ、あぅ〜」 「·····本当に、よく立てましたね……っ」 「う?」 そのままぎゅうと抱き寄せると、涙ぐみながら、その存在を改めて確認するかのように頭を撫でる。 これから少しずつ、言葉を覚え、葵人の手を借りずとも、自分で歩けるようになっていき、色んなことを覚えていくのだろう。 それはとても嬉しくもある。ただし、こうしていつまでも檻の中にいない場合の話だ。 新はないに等しいけれども、真はいつか必ず、いや、このまま檻の中に入れられたまま、生涯過ごすことを強いられる可能性が十分にあった。 突然わけも分からぬまま、学校を辞めさせられて、一室に閉じ込めれることとなった自分のように。 この二人は、兄弟で双子。だから特に、何も縛られずに、自由に生きて、いつまでも隣で笑い合って欲しい。 そのためなら、僕はどんな酷いお仕置きを受けてもいいから、どうか、真を自由に。 「葵。どうしたの」 「……っ、……死なせてしまったかと思った子が、こうして元気に、初めて立てたことがあまりにも愛おしくて……」 たまらず抱きしめたくなったの。と、言おうとしたが、涙が溢れ、言葉が詰まり、代わりに出るのは嗚咽を漏らす声。 この子達の幸せを、家のしきたりで奪ってはいけない。 どうにかしてあげたい。 「……そうやって想う葵のことを、僕は愛おしく思うよ」 その言葉の通り、愛おしそうに頭を撫でられ、さらに涙を流していった。 僕の小さな幸せよりも、新に真に自由な幸せを。

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