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耐えきれない哀惜、檻猿籠鳥の矢先に 5
碧人に横抱きをされ、長い廊下を歩いているらしい、時折曲がることもありながら、どこかへと歩みを進める。
風呂場に行くのなら、とっくに着いている感覚があるのだが、一体どこに行かされるのだろう。
その間の何も会話をしてこない碧人に、不安しかない感情が、さらに増大させ、強ばらせた身体と緊張で胸中をざわつかせる。
そんな葵人のことを、急により抱き込んできて、心臓を跳ねさせていると、階段を下っているらしい感覚と、布越しがやや明るかったものから、やがて暗くなり、そして、下から感じてきた冷たい空気に、思わず身震いする。
「葵、寒い?」
不意に声を掛けてきた碧人に、まさか話しかけてくるとは思わなく、しどろもどろになり、上手く返事が出来なかった。
しかし、それに気分を害した気配はない碧人は、続けざまにこう言った。
「場所的にひんやりしているからね。でも、これからはここにいてもらうから、少しでも慣れてもらわないと」
碧人が先ほど言っていた別の場所はここなのかと、妙に納得しつつも、不安は拭えない。
下り終わったらしい、階段の軋む音から床板らしい軋む音に変わった。
さっきよりも冷たい空気が全身に包み込むように感じ、それから変わらずに暗い視界に、小刻みに身体が震え出す。
そのことを直に感じた碧人が、「後で暖かくしようね」と肩辺りを支えていた手をさすってきた。
意味深な言い方に理解したくないと思い、寒さに耐えながら、どこまで行くのかと思っていた時、立ち止まった。
「葵。ここにいるんだよ」
錆びている蝶番の耳障りな音と共に、抱えたまましゃがんだ碧人がそう言って、下ろした。
直後に伝わる、畳の感触。
さっきいた所と同じようだと、おずおずと、あの二人からもらった贈り物を片手に、もう片方の手で触る。
と、再び蝶番の音が聞こえ、ハッと顔を上げた。
「少しの間、待っているんだよ」
「ぃ……い、や……」
「その間、話しているといい。けど、それ以外は何もしないんだよ」
「こんな……暗い所を、一人は……」
「じゃあ、また後で」
床の軋む音がする。
「……や、だ……やだ……っ」
早く引き止めないと、碧人は行ってしまう。
「行かないで……」
声が震える。寒くて、上手く口が回らない。
けど、何か言葉にしないと、こうしている間にも碧人が遠ざかる音がする。
「やだ……っ、行かないで……っ、行かないでよ、兄さんっ!!」
叫びが遠くまで虚しく響いた。
その音が静まりかけた時、碧人の足音が全く聞こえないことで、葵人は暗闇による孤独にされた恐怖に襲われ、すすり泣く。
どうして、こんな所に独りにするの。
今頃、きっと新と真は、母のいない寂しさで喉を嗄らすほど泣いている。
可哀想。本当に可哀想な子達。罪深い母親から産まれたせいで、自由に愛することを奪われてしまった。
本当に、ごめんなさい。
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