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暗闇 1
昔の夢を見ていた気がする。
覚えてもいない、昔の、夢を。
男は目を覚まし、腕の中の暖かい身体の感触に目を細めた。
生きてる誰かと抱き合って、朝まで寝るようになるなんて。
背中から抱きしめている身体に、戯れるように手を這わした。
昨夜散々泣かせたけれど、まだしたりない。
腕の中の彼はもう起きていたらしく、男の手にすぐ反応した。
喘ぎ声がする。
可愛い。
「ねぇ、あんた・・・ちょっと、話・・・聞けって、ああっ」
何か男に話があったらしい。
手を留めてやる。
胸を弄るのか大好きなのに。
これからなのに。
ちょっと不満だ。
「・・・何?」
でも、こちらを向かせて甘く囁く。
年下の恋人に男は目を細める。
シャープな鋭い顔立ちの、クールな青年だが、実は見た目よりはるかに若く、まだ16だと知ったのは抱いた後だった。
最初はこの抑えきれない性欲の処理用に「穴」としてこの少年を使っていた。
本人に無理やり同意は取ったけれど。
「殺されるか穴になるか」では同意とは言えないのだろうけど。
殺してからするか、してから殺すか、みたいな殺人とセックスをセットにしていると起こる面倒さを解消するため、手軽な性欲処理の道具が欲しかったのだ。
でも、ハマったのは男の方で。
少年は色々男の予想を超えていて。
振り回されていた。
絶対にこの少年には言わないけれと、心も身体も溺れてしまっているのは男の方で。
今では少年は「恋人」になってしまっていた。
「・・・あのさ」
少年は照れたように言う。
こんなに色々してるのに、少年はこの距離での語り合いに未だに照れるのが可愛い。
「ん?」
頬を撫でて、先を促す。
「あんたの名前・・・俺がつけてもいい?」
少年は囁いた。
「名前がないのは不便だ」
少年は良くそう言っていた。
だけど男は気にとめもしなかった。
長年名前無しでやってきたのだ。
別にそれなりにやれるものだ。
偽名ならいくらでもある。
「・・・どうして?」
男は優しく聞く。
「・・・あんたの名前が呼びたい・・・」
少年の、それは切ない声だった。
最中に名前を呼べば少年はそれだけでイったりもした。
名前をよぶことは少年には、それ以上の意味があるのだろう。
愛しかった。
抱きしめる。
こんな気持ち。
こんな夜。
忘れたはずの何かが呼び起こされそうで、男はそれに蓋をした。
「名前はいらないんだ・・・そう決めたんだ」
少年の髪を撫でながら囁く。
愛しさが伝わればいいと思う。
「・・・そう」
少年はがっかりしたように言う。
「愛してる」と言ってやれればいいのだろうか。
でも、それも言えない。
名前と記憶とその言葉は、もう誰かに捧げてしまった。
覚えていない記憶のどこかで。
でも愛しい。
男は優しく少年のその髪を撫で続けた。
「お前と僕とは全く似てないな」
ふと男は呟く。
「そんなの当たり前だろ」
少年は笑う。
「そうだな」
男も笑った。
同じ顔の少年達、同じ顔の・・・マザー・・・。
毎夜抱きしめて眠った同じ顔の・・・。
男はすぐに忘れた。
それは忘れなければならないことだから。
男は「今」を抱きしめる。
少年は男を変えた。
この世界の呪いのようだった男を、この世界に害悪しか与えなかった男を変えた。
少年が望むから。
少年がそう望むから。
でもそれは、少年には教えてやらない。
「今」を抱きしめると同じ位、男は「過去」に捧げ続ける。
名前と「愛してる」の言葉だけは。
それは忘れ去った暗闇に置いてきた。
その暗闇は苦しくて。
そしてどこか甘い。
END
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