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マザー 6

 それでも、また機会さえあれば、男はその人を貪らずにはいられなかった。  腰を送り込めば、反応し、乱れる。  でも、あの時程ではない。  どんなに触れても、どんなに貪っても。   溶け合ってるように思えても、あの時の二人程ではなかった。  禁忌を責めるよりも、深い嫉妬に胸が焼かれる。  「・・・なんで・・・なんで、なんであんたはあんなこと」  腰を叩きつけながら聞いてしまう。  その意味はその人に届いていた。  あの人が遠い目をした。  この腕の中にいるのに遠くにいた。  「俺と逃げよう」  男はとうとう言った。  言ってしまった。  初めて両腕を押さえつけ、その人が他人に犯されるのを見た時から思っていたことだった。  自分も一緒になって犯したその日に思ってしまったことだった。  自分もこの人を蝕む世界の一つでありながら、この人をここから出してやりたいと思っていた。  「あんたが本当にしたいのは・・・あんなことじゃない」  男は泣いていた。  「こんなとこにいるから・・・」  腕の中、そして遠くにいるその美しい人を強く抱きしめた。    「ナイフを頂戴・・・そして、銃を」  あの人は言った。  それは・・・命令なのだとわかっていた。  逆らうことなど出来ないのだ。  男は思った。  「・・・もうすぐ・・・全部終わるから。あの子は死ぬの」  優しい声かした。  「多分・・・みんな死ぬ。あの子がみんなを殺す・・・。そして、あの子は死ぬ、そして僕を救ってくれる」  その人の声はどこまでも優しい。  「僕の仲間達は廃棄になる時喜んで死んでいった。もう、やっと自由になれるって。あの子達は今死んだ方がいい。選考に選ばれても・・・その先にあるのは苦しさだけ」   その人が初めて自分のすぐそばにいることがわかった。  今話しているのはその人だった。  セックスドールでもマザーてもない、その人だった。  「それでも僕は生きたかった。廃棄を免れるためには何でもした。・・・本当に何でも」  その人はくしゃりと顔を歪ませた。  もう、セックスどころではなかった。  これはセックスよりも大事なことだった。  男は必死でその人をただただ抱きしめた。    「自由になりたい。死ぬ以外の方法で」  その人は言った。  その言葉か何十年もため込まれていた言葉なのがわかった。  今、初めて外に出たのかわかった。  「あの子達は誰もセックスドールにはならない。僕の為に死ぬのだとしても。セックスドールにはさせない、そんなモノになる位なら僕の為に死ねばいい」  愛と傲慢さが混じる言葉。   この人が何を考えているのかはわからなかった。  でもこの人が全てを終わらせようとしていることはわかった。  男は痛みを抱える。    この人は一度でもセックスドールなんかではなかったのだ。  どんな瞬間でさえも・・・自分であることを止めなかったのだ。  犯され、蝕まれながら。  従うふりをして。  人形のようにふるまいながら。  「セックスドールなんていないんだ。どこにも。あんた達が勝手にそんなモノがいると思っているだけなんだ」  その人の言葉に後悔だけが湧き上がる。    この人を、人形にした。  この人を貪った。  今でさえ。  「逃げよう・・・俺の村に行こう。山奥で何にもないけど 組織の手も届かない。貨幣さえないような村だ。何にもない。それが嫌で逃げ出した。でも・・・何にもない方がマシだ」  男は心の底から言った。  快楽のために、そのためだけの存在を作り出し、貪るようなものはあの村にはない。    「あんたは沢山いる俺の甥っ子や姪っ子の面倒をみるんだ・・・子育ては得意先だろ」  背中を撫でてささやく。  この人と、村で生きたい。  この人が許してくれるなら。  「・・・僕を母親の名前で呼びながら?」  その人が笑った。  「・・・一番綺麗な名前だからだと言っている。母さんは関係ないって」  男は笑った。  「お母さん、生きていたらいくつ?」  その人がふと訪ねた。  「16で結婚して・・・22で俺を産んだから・・・生きていたら44才?」  男の言葉にその人が笑った。  「僕とそれ程変わらないじゃないか。・・・僕はやめた方かいい」  「・・・関係ない。あんたがいい。あんたさえ許してくれるなら」  男は囁いた。  許されない。  許されることなどない。    でも一緒にいたかった。  一緒に生きてみたかった。  「・・・全部終わって・・・君の気持ちが変わらなかったら。君といたい」  その人は言った。  どこまで本当なのかはわからなかった。  「あの子が全てを殺して、僕が最後に残るあの子ともう一人を殺したら・・・あなたはあなたの仲間を殺してくれる?僕のために」  その人は囁く。  それが、自分を利用する言葉なのだとしても、その囁きは甘い。  「あんたの為ならなんだってする」  男は言った。    おそらく、他の仲間にもそう言っているのかもしれないと思っても。  この人がほかの仲間に俺を殺させようとしているとしても。    「あんたは・・・俺を殺したっていいんだ」  それで許されるのなら。  男はその人の美しい目を見た。  そこには光などなかった。    苦しみの前から子供達を殺して逃がし、その犠牲の上に自由を得ようとしているその人には光などなかった。  「・・・俺はあんたを・・・」  愛しているとは言えなかった。   でも、そう思った。  「・・・名前呼んで」  その人が囁いた。  「   」  男は優しく呼んだ。  その人は少し震えた。  「・・・僕に名前をありがとう。綺麗な名前」  その人は微笑んだ。  その言葉だけは。  その言葉だけは。  本当だったのだと思っている。  

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