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第374話 卒業旅行7*

霧緒 イライラしていても、それがあいつに伝わるわけでもないし、気がついて欲しくもない。 周囲の女性たちは、ただそこに居合わせているだけの観光客で、悪気があるわけではないけど、詩との距離が近いからやっぱりムカつく。 焼きたてのお菓子が出来上がるのを、ガラス越しに夢中になって見ている群衆に近づき、その中の一人の頭をトントンと中指で軽く叩いた。 触れるサラリとした髪は柔らかくて、甘ったるい菓子の匂いに紛れながら、シャンプーの良い香りが確認できるくらい近距離に顔を近づける。 「で、決まったのか?」 「え、うんぁ!……う、うん……決まった」 焼きたて菓子から自分に意識を惹き付けるようにわざと詩との距離を詰めると、予想通りあわあわと動揺する顔を見せるのに満足する。 相変わらずの変顔を赤くさせていて面白い。 その周囲もざわざわしているけれど、そっちはどうでもいいし。 会計を済ませるまで詩の後ろに立ち、わざと詩の頭を撫でる。「え何?この二人の関係なんなの?なんなの!」って顔をした女の店員を横目に店を後にした。 「な、なんであんなこと……めっちゃ見られたじゃん!」 「そうか?見られるの慣れてるから良くわからなかった」 「……うぬぬ、このイケメンめ」 「イケメンの彼氏で悪かったな。ほら、それ冷めるぞ」 「あ」 食べ歩き用に買った焼きたてのクッキーには大きめのチョコチップがついていて、見るからに甘そうだけど、詩は嬉しそうにそれにかぶりついていた。 旨そうに食べるその表情が可愛らしくて笑えてきてしまう。 「そんなに旨い?」 「ふ、ふまーい!なんだこれは!」 食べたクッキーを目を丸くしながら眺める様子は見ているだけで愛らしくて、そのままその甘そうな口にかぶりついて塞いでしまいたい衝動に駆られる。 「……甘そう」 「うん、甘い。でもマジ美味しいから一口食べてみ?」 「……」 「記念に一口どおぞ~」 食べかけのクッキーを目の前に差し出されて戸惑ってしまった。 マジで甘そうだったからだ。 しかし詩のくりくりした瞳に惑わされ、何の記念か良くわからないけど、差し出されるクッキーを一口かじった。 …… 「……あっま……いけど旨い」 「だろだろ!」 甘いしこんな沢山の人がいる路の真ん中で恋人の手からから一口もらうとか、こんなことをしてる自分が末期な気がする。 こんなこと今までしたことねぇから……不覚にもドキドキしてしまったじゃないか。 あーー宗太がいなくて良かったし! そして俺もこの旅行を十分満喫している一人だと実感した。

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