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第478話 夏は好きだけど
その日は夏なのに、夏休みなのに暑くなく、肌寒い湿った風が吹いていた。
イギリスに旅立つ彼氏を見送りに空港まで行って……
「霧緒~!いってらっしゃ~い!」
って叫びながら、俺はぶんぶんと手を振った。
はい、彼氏の表情変わらずー。
でも多分照れている。
別れる時ハグはしたけど、ここは外野が多かったせいかそれまでにとどまってしまった。
でも大丈夫です。前の日にイチャイチャしていっぱい充電したから。
高速で手を振る俺に、引いてるだろう無表情な霧緒。
無視してしつこく手をぶんぶん振ったし、ぴょんぴょんと跳ねて完全に姿が見えなくなるまで全身を使って、行ってらっしゃいをした。
……周りの人にちょっと変な目で見られたけど気にしなーい。
「はぁ……何か寂しくなるねぇ~」
「……」
「詩くん、これからは僕が詩くんを支えるから何でも言ってね?お父さんって呼んでくれてもいいよ?……ご希望なら霧緒くんだと思って甘えてくれてもいいからね。何でもするよ?なんでも~」
隣で何故か楽しそうに話しているのは汐里さんだ。
汐里は友子さんと結婚し、名字が園田から宮ノ内になった。32歳だけど、そんなお歳には見えなくて、霧緒のお義父さんというよりお兄さんって感じだ。
サラっとした黒髪は以前よりちょっと長めにして、キリリとした瞳が印象的。
背が高くて男らしい感じのイケメンさんだ。
汐里さんは一人で住んでいたマンションを引き払い、現在は宮ノ内家で友子さんと一緒に暮らしている。
「えっと、汐里さんそれ……無理ありますよ」
「えーそんなぁ!全力で君の事支えるよ~!」
「え!うわ!お触り禁止ですよ!友子さーん!何とか言ってやってくださいよー!」
「あはは、いいんじゃない?汐里くん、詩くんに頼って貰いたいんですって~」
いいんじゃない?じゃないからー!って思いつつも、そう言ってくれる友子さんからは俺への優しさが伝わってきて嬉しいって思う。
思うけど、抱き着いて来るこのイケメンさんをどうにかして欲しいなぁと思ってみたり。
妊娠中の友子さんの体調は今のところ良好で、お腹もふっくらしてきた。
友子さんの顔は霧緒そっくりでとっても美人さんだけど、無表情な霧緒とは違って友子さんは良く笑う。
霧緒が笑うとこんな感じかぁ~って思ったりするけど、しょっちゅう笑ってる霧緒って全然イメージできないかな。
「詩ーっ!僕が!僕がいるからね!」
抱きつく汐里さんの横で、真剣な顔した俺の親友の玲二は、両手に拳をつくって今にも抱き着いてきそうな状態。
「萩生、煩いあいつがいない分、遊べよ?」
「あはは~そうします」
菊池先輩も見送りに来ていて、久しぶりに霧緒と菊池先輩のツーショットが見れた。
菊池先輩も少し見ないうちに大人になっている感じがしたし、相変わらず人懐っこい笑顔がとっても素敵だ。
玲二とは相変わらずラブラブみたいで、意味もなく玲二の頭を撫でてる菊池先輩がいた。
……うん!仲良し!
仲良しなのはいいことだぁ。
霧緒と俺も、ラブラブなのは変わりない。どれだけ離れても霧緒を思う気持ちは変わらないんだ。
けどイギリスって遠い!
遠距離恋愛初心者なんだから、もう少し近めの国内の地方とかにして欲しかった!そしたら気軽に会いに行けるのに!
しかしあいつは無表情な顔して行ってしまった。イギリス~ロンド~ン!!
うちの霧緒を宜しくお願いしますー!
聞いてよ奥様!ロンドンと日本時差が9時間ですってよ!
俺が起きてる時間に、霧緒は寝てたりするんだぜ!
ちゃんと起きれるのかな!?ちゃんとご飯食べれるのかな!?
……あいつ無口だから、友達作れるか心配だなぁ。
まぁとりあえず、浮気したらひっぱたくけど。
「ふぅ……」
俺は小さく小さくため息をついた。
よし、よしよし、俺も頑張ろう。
霧緒が頑張ってるんだから、俺も頑張って毎日を過ごさないと。
学校行って、バイトして、勉強して……色々してたらきっとあっという間だ。
今日は肌寒いけどまだ全然季節は夏で、明日は猛暑日になるって天気予報は言っていた。
夏は好きだけど、早く冬になったらいいのにって思った。
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