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第499話 *
霧緒
水面に身体が浮上するようにゆっくりと目覚めた。
視界は暗く、一瞬ここがどこか分からなくて混乱する。
だけど少しも不安な感じはしない。むしろとても落ち着いていた。
あたたかい……
そのぬくもりが自分のものではないことは知っている。彼の規則正しい小さな寝息や、柔らかな髪から漂う香りは、自身の冷えた心を温めてくれ、居心地が良くて暫くの間薄闇をぼーっと眺めた。
闇に眼が慣れてくると、目の前の人物の輪郭がはっきりと見えてくる。
こいつの寝顔って割りと綺麗なんだよな……
寝ているから大きな瞳は見ることは出来ないけれど、スッとした鼻筋や頬は滑らかで美しいと思った。けどサラふわな髪は大分寝ぐせがついているから寝起きはボサボサだろう。
……
……
はぁ~~~
俺としたことが寝落ちした。完全に気が抜けた。
はは……
小さくため息をついて暗闇の中密かに笑う。
イギリスから帰国して久しぶりに会う恋人は相変わらずふにゃけた顔をしていて安心した。少し痩せたみたいだけど、その原因が俺と離れていたことだと知って喜んでしまう不謹慎な自分がいる。
俺だって同じだったからだ。詩と離れている間は辛い。
ふとした時に詩の事を思い出してしまうので、その瞬間ができないように物事にその時の課題に集中するようにした。
向こうでは当然顔見知りになる生徒はいるし、会話も楽しめるようにはなってきたけど、それによって心が癒されることはない。
アプローチをかけてくる奴も男女ともにいたし、やっぱりモテたけど、それで浮かれることもなかった。
「詩……」
そう呟きながら、目の前で眠る可愛い恋人の鼻を悪戯できゅっと摘まんだ。
「……ん……」
「……詩」
「…………っふがっ……ふがが」
「……ふ……ふふ」
「……?……ん~?キリ……オ?なに……うぉ……」
完全に寝ぼけている詩が可愛くて愛おしくて胸に引き寄せて抱きしめる。
俺をこんな気持ちにさせくれる奴が、まさか俺の家の隣に引っ越してくるなんて凄いよな……未だに信じられない。
「んー……?……あったひゃいですなぁ……」
「……うん……あったかいな……スゲーあったかい……」
「んひひ……むふふ……」
「…………詩。寝落ちして悪かった」
「ん~?うんうん大丈夫……霧緒いるし……それだけで……俺幸せ~~ってなるから……」
「……」
「……ふふ……ぐふふふ……」
可笑しな笑い方も愛しく詩の頭を優しく撫でた。
「……でもこの先また詩から離れるかもしれない。寂しがりやのお前を置いて離れて……何度も何回も寂しい思いをさせるかもしれない」
「………」
「それでも……それでもこの先も俺とつき合う気があるか?」
「………」
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