大和田雄馬は、俺・有馬岬の同い年の恋人だ。 　俺は大学に入学してすぐ、興味本位で合コンに参加した。そこで出会ったのが雄馬だ。 　俺は経済学部、雄馬は法学部と別々の学部だったけど、自己紹介の時から感じのいい青年だった。 　春なのに少し日に焼けた肌、走るのが好きだと言う、引き締まった体つき。ニコッと笑う爽やかな笑みに、大半の女性参加者は目を奪われていたと思う。 　一方、俺はミサキという名前と背の低さもあって、自己紹介してもカワイイと言われた。マスコット扱いだ。 　これは中学・高校の時からで、よく女みたいだとからかわれていた。 　特に高校は女っ気のない男子校だったせいか、俺のクラスのみんなはちょっとおかしかった。 　俺、細身だけど男なのに。 　後ろと横、刈り上げてるのに。 　Ｃ組の姫だなんて不名誉なあだ名まで流行って、頭が沸いてるのかと思った。面と向かって言う奴はぶん殴ったけど、どうやらそれも、照れているだけに見えたようだ。やっぱり沸いてる。　 　「髪の毛サラサラだな～」って撫でてくる奴もいた。顔も声もいつもと違ってて、正直キモかった。俺はペットか？　ふざけんな！ 　ちょっとでも男らしさを強調したくて、受験が終わってすぐ、ピアスホールを開けた。 　 　話は戻って、その初合コン。 　俺は三年生の女性と、いい雰囲気になった。雄馬は同学年の中でも特にかわいい女の子と一緒だったと思う。 　気がついたら俺は、ラブホのベッドに押し倒されていた。そしてズボンの前を寛げられ、その女の先輩に股間をマジマジと見られた。 「うわぁ……」 　そう呟いた先輩は、目を点にした。間違っても、感嘆の表現じゃない。 　 「有馬くんって、ほんとにウチの学生だよね？」 　つまり俺は、18歳なんだよねと確認されたわけだ。背が低くて童顔で、ちんこも残念だから、まさか子どもではないかと疑われたわけだ！！ 　普通に失恋するよりひどい話だった。 　そもそもちゃんと恋愛してたら、こんな失礼な人だとわかった時点で好きじゃなくなる。一緒にラブホになんか入らない。 　初手から失敗した俺は翌日、食堂で雄馬と出会った。 「あ、昨日の！」 「よぉ」 　なんて挨拶して、ランチに誘われて断る理由もなく一緒の席で食べた。 　いや、共通の話題なんて昨日の合コンしかないし、断ってもよかったんだけど。雄馬の明るい笑顔とか、きびきびした動きに、憧れを覚えたのかもしれない。 　 　俺は肉うどん。雄馬はすき焼き丼と、ほうれん草のお浸しと、チャーシューメン。 「昨日、どうだった？」 「あー……」 　返す言葉も、話題を逸らす余裕もない。ちんこが小さすぎて幻滅されました、なんて。 　肉うどんの甘辛い香りが、鼻の奥をくすぐる。 「……俺もうまくいかなかった」 　雄馬が呟いて、はぁっとため息をついた。ちょっと色っぽくて、同性なのにドキリとした。 「大和田って確か、一番可愛い子、お持ち帰りしてたよな？」 　俺は顔を寄せて、小声で確認する。 「んー、まぁ。イけるかなーと思ったけど、ダメだった」 「え、振られたの？」 　こんなスポーツ系爽やかイケメンを振るなんて。自分のことを棚に上げて、どんな理由なのか興味を持った。 「うん、俺やっぱオンナはダメだわ」 「え」 「できなかった」 　そう言った雄馬は、ラーメン鉢の影で拳を軽く握り、親指だけをクイクイっと動かした。隣に座る俺にしか見えない仕草だ。 　あー、勃たなかったのか。 　 「……そういう指向の人って、割といるみたいだな」 「なー。高校時代は陸上一筋だったから、あんま意識してなかったわ」 「ふーん」 「でも、仲いい奴はいたんだよな……」 　その人が気になってたのかな。そう思ったけど、それ以上聞けなかった。 　会うの二回目だし、踏み込みすぎだろ。俺だって、無闇に踏み込まれたくないことはある。 　 「有馬、だっけ。お前はどうした？」 「俺は……部屋に着いてから振られた」 「お、おぉ……」 　 　雄馬が俺の肉うどんの上に、チャーシューを一枚乗せた。 　 「ありがと。もう俺、恋愛は無理かも」 「えっ、１回失敗しただけだろ！？」 「いや、失敗というか……」 　 　もう誰かに裸を、というかちんこを見られる関係なんて無理だ。 「俺、一生独身かも」 「そこまで！？」 「んー」 　 　俺は肯定とも否定とも取れる、曖昧な返事で誤魔化した。そのままチャーシューをほうばり、うどんをズルズルと啜る。食事に集中してますよアピールだ。 　俺は今、失恋したとかそういうことじゃなく、絶望している。 　だってもし俺と付き合ってくれる優しい彼女ができたとしても、俺はきっと、その子を物理的に満足させてあげられない。 　 「……なぁ、有馬。物は相談なんだけど」 「何？」 　俯いていた顔を上げると、雄馬が、キリッとした顔で俺を見ていた。 「え。どうした？」 　俺も箸を置き、背筋を伸ばして改まる。 　 「実は昨日、有馬のこと、いいなって思ってたんだ」 「え、俺？」 「うん、控えめな和風美人っていうか」 「単に黒髪直毛ってだけだろ」 　男らしくワイルドに、髪も染めるべきか。でも肌荒れしやすいんだよな。 　雄馬の話を聞きつつ、そんなことを考えてしまう。 「それで、オンナと付き合ってみたら、この気持ちが気の迷いかどうか分かるかと思ってさ……」 「おい、確認するために女の子を使うなよ」 「う、ごめん……まあ、有馬より全然、興奮しなかったんだけど」 「そうかよ」 　同性に性的な目で見ていたと告白されたのに、不思議と嫌悪感はなかった。 　俺の理想の男像のひとつ、爽やかスポーツイケメンを具現化したような雄馬。 　少しの嫉妬と、そいつに好かれているという優越感があった。 「一生独身かもって思うくらいなら、試しに俺と付き合ってみない？」 「嫌だ」 　即答する。どんなに雄馬が格好良かろうと関係ない。 　 「俺が男だから？」 「そういう問題じゃない。とにかく、嫌だ」 　裸を見られたくない。もう二度と軽蔑されたくない。 　そしてそれに、向き合いたくない。 　 「他に好きな人がいる？」 「そういう話じゃないんだって！」 　思わず声が大きくなった。慌てて口を塞いだ。 　ここ、食堂だぞ。何やってんだ俺。 　椅子に縮こまる俺を庇うように、雄馬が位置を変えた。それで少し、息がしやすくなる。 「大和田、ありがと……。大声出してごめん」 「いや、大丈夫。俺、痛いこととか怖いこととかしないよ？　有馬を傷つけるようなことは絶対しない。約束する」 　その言葉は、傷ついた俺の心にストンと刺さった。 「それに、俺が一緒だとさ、高い所の物をすぐ取れて便利だし、待ち合わせしててもすぐ見つけられるし。他には……あ、走るの速いから使いっ走りにも便利！　あと、あと……」 「大和田、それ、普通に自慢」 「えっ！　いや、そんなつもりじゃなくてっ」 　どこかズレた自己アピールを突然し始めた雄馬が、なんだか可笑しい。 　くつくつと声に出して笑ってしまう。 「……大和田。傷つけるようなことしたら、その場でソッコー別れる。あと、女扱いとペット扱いしたらブン殴る」 「ん、絶対しない。約束する！」 　そうして俺たちは出会って二日で付き合うことになり、二ヶ月後には冒頭のようなことをする関係になっていた。 　 　 　　　　　　◆