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第3話 電気屋さん

 新幹線を降りると、空気が違う気がして深呼吸した。  朝から猛暑と言われている中で、都会と田舎で大して空気も変わらないだろうけど、人工のものより空や木々の自然の比率が高い、それだけで空気まで綺麗だと思ってしまう。だが、新幹線で冷えた身体も、猛暑特有の湿った空気により、一瞬でじっとりと肌感が重くなり、暑さのせいで息をするのも重く感じた。  風もないので、そよとも動かない木々の葉が、夏の太陽に輪郭を失くしている。駅の階段を下りてみるとそこそこ街並みが見えた。蝉の声が聞こえる。  建物から一歩外へ出ると夏の陽射しが全身を刺した。  ああ、まだ夏だった。  ずっと建物の中にいたせいか、刺すような陽射しもちょっとだけ嬉しかった。  上着を脱いで肘に掛け、腕時計を忘れてきたことに気づきスマホで時刻を確認する。目的の電車が次に来るまで50分。朝食も食べずに出てきたことを思い出し、飲食店を探すことにした。  商店街というほどでもないが、民家が並ぶ道を進むが、まだ10時前のせいか、開店している店はない。  通りの先に大型スーパーのようなものが見えるので、モールやフードコートがあるかもと期待して進んだが、これも11時開店と知りがっくりする。別の道を選んで駅へと戻る。  蝉の合唱が激しくなり、道を行く車に目をやると陽炎が浮かぶ。  目に汗が入り、眼鏡のレンズに当たらないように、指で擦った。  陽射しが嬉しい、なんて10分前に思ったことに毒づきたくなる。  おとなしく駅のホームで待っていればよかった。日陰となる街路樹もないと長くは歩けない。  店の軒下で溜息をつく。すると立ち止まった店のシャッターがいきなり開いた。  シャッターを押しやる腕を伸ばしたままの、ランニングシャツの男と目が合った。開け放った扉からひんやりとした空気が流れてきて、思わず身体を向ける。  入口付近で回る扇風機とショーケースに並ぶホワイト家電が目に入る。電気屋のようだ。ランニングシャツの男は脇を手で隠しながらいらっしゃーいとふざけた調子で言い、店の奥へ消えていった。  風が涼しい。入口に近づいて涼風を満喫する。ショーケースには持ち歩き用扇風機や、空気清浄機、エアコンが暑苦しい数字とともに並んでいる。  今時のエアコンはAI機能がついているようだ。暑いと感じる人と寒いと感じる人を感知して最適な温度を提供するという。自動、ナノイー、おやすみ、お掃除ボタン。すべてわかるようで分からない機能だ。渋谷の家は人任せだし、築60年の赤羽橋の家は昭和家電がお飾り程度に付いているだけなので、さっぱりわからない。 「これ昨日入荷したばかりだから、在庫あるよ」  ランニングシャツの上にアロハをまとって、店主が戻ってきた。  暑いせいか、いやそもそも昨夜から頭がそれほど回ってない。黙って眺めていると店主がさらに覚えたてのセールストークを、指さし確認しながら始めた。聞く気はないが、涼風から離れがたくて、興味ありげに頷いてみせた。 「まあ正直、型番間違えちゃって、去年のモデルだからねー。多少なら安くするよー」  舌を出して笑う中年男に可愛げなんてものはないが、一瞥してまたエアコンを眺める。店主はさらにエアコンのおすすめポイントを話し続ける。膝丈の半ズボンをパタパタとさせながら、扇風機の前から動こうとはしない。冷やかしの客だろうと思っているらしく、こちらを見ることもなく口を動かしている。 「もお今買ってくれるなら、すぐ取り付けに行くしさぁ」  取り付け、ということはエアコンを持って、自宅……設置場所まで来てくれるということだろう。  車で……。送ってくれる……かも? 「ホント?」  思わず声を発すると驚いたように、店主は1歩距離を詰め、揉み手をしながら「ホントホント」と繰り返した。 「カードでもいいですか?」  懐から財布を出すと、アメリカのアニメのように足元から震えあがり、目玉を飛び出させながら「まいどありぃぃ」と裏返った声を出した。

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