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第4話 あの山この山
年期の入ったキャリートラックの荷台に、エアコンを載せるのを手伝って、助手席に乗った。
市内ならまだしも、ここから鈍行しか出てない路線で、軽く一時間も行った駅からさらに山を目指して一時間、しかも住所はろくに覚えてないなんて聞くと、親指を回転するはずのボールペンはどこかへ飛んで行った。
「胡散臭い」と言わんばかりの目線を送りながら、ボールペンを探るようにうろつき、サングラスを胸元に差して戻ってきた。
決済だけ済ませて、店内の電源を切り、シャッターを下ろす。エアコンの入った段ボールを横に店の前で待たされた。決済はしたものの、「怪しい男が…」などと通報されているかもしれないと思い、今日初めて周囲を気に掛けた。
地方都市だからか、朝から35度を超える猛暑のせいか、路上に人影はなく、ほぼ車も通らない通りには、ワンボックスが一台、路駐しているだけだった。
白いキャリートラックが目の前で止まり、サングラスの中年男が出てきたときは、一瞬応戦しようかと思ったが、アロハで店主だとわかり、ホッとした。
助手席に座ると意外にも店主は上機嫌で、絶えず鼻歌を歌いながら、時々思い立つ質問を投げては、回答はどうでもよかったという感じで受け流す。
店主の鼻歌が心地よく、退屈な幹線道路を夢見心地で過ごした。本格的にウトウトしそうになって、姿勢を正して前を見る。
「え? あの山?」
店主がこちらに目線を向けながら、ハンドルを握り直す。
なにか、こちらを気遣って静かな運転をしてくれていたのだと気付き、申し訳なく思った。違いますといいながら、サイドミラーを確認する。
幹線道路は混んでいるとも言い難いくらいの車間距離を保って流れているようだ。タイミングよく、反対車線にコンビニが見えた。
「急で申し訳ありませんが、あのコンビニに寄れますか?」
店主は返答する代わりに、急に車線変更して右のウィンカーを出した。後続する車はそのまま直進していく。
Uターンしてスムーズにコンビニの駐車場に入る。腰を前にずらし目線を低くして、通り過ぎる車を確認したが、同様にUターンする車もなければ、不自然にスピードを落とす車もなかった。
店主も同様に信号が変わるまでハンドルを握ったまま、ドアロックを解除しなかった。
「やっぱ、あの千葉ナンバーが気になったんけ?」
店主にそう言われて顔を見る。
近眼なのでナンバーまではわからなかったが、
「紺のワンボックスが、ずっとついてきているように見えたので」
と答える。店主はグッと親指を立てた。意味はわからないが、こちらの意を汲んで行動してくれたのかと思うと心強い。
「悪い人に追っかけられるようなこと、してんのけ?」
ワクワクが隠せないという感じで、頭を揺らしながら店主が聞く。
「……休日なので、手帳は持ってないんですが、こう見えて警官です」
「事件? 大きな事件?」
目を見開いて、頬を紅潮させている。「身なりもいいし、真面目そうな人だから、そういうお仕事かなーと思ったらやっぱそうかぁ」などと言いながら、納得したように店主が頷く。少し恥ずかしくなったので声を落とす。
「職業柄、不自然な動きが気になるもので…」と、濁すと、店主は大きな口を開けて笑った。
「気のせい気のせい! まいたったし、エアコン取付まできっちりやるから安心しーぃ」
コンビニで飲料水と軽い食事を買って車に戻り、店主の鼻歌と突飛な質問に受け答えしながら、そのあとのドライブは穏やかに続いた。
「あっちの山かのー?」
何度目かの質問にじっくり見ながら記憶をたどる。
そう、そもそも、行きは送ってもらったため大した確認もしてなかったし、帰りの道も早朝の明けきらない時刻だったから、覚えている景色が乏しい。
平地にぽつりとある低山の景色など、いくらでもあることをこの二時間で理解した。
遠くから見れば単なる小山だが、中腹からの下山でハーフマラソンほどと体感があったことを思い返し、一致点を探す。
しかし、平べったい田畑も5月の景色と8月の終わりでは随分と違う。均等の背丈で波打つ稲穂、背の高い青々とした野菜……、土と山をつなぐ中央のあぜ道、忘れないだろうと思った景色はいくらでもある景色だった。
「こっちの山、かなー」
山を確認する度繰り返す、期待と失望を店主の反応以上に胸に受けていた。
もう、これが間違っていたら、そのままエアコンを抱えて築60年の塒まで帰ってもいいと思った。
*
山へ入る前に、徳重らが育てている田畑があるはずで、身を屈めて覗いてみたが、どこにも人影は見当たらない。緑の上で、ぶつかるんじゃないかと思うほど、トンボが飛び交っている。
また空振りの可能性もあるかもしれないが、そのまま山道を進んだ。
カーブを過ぎると、錆びて倒れた看板が走行を邪魔する。ゆっくり通り過ぎると『熊』と『意』だけかろうじて読める。この道だ。
まもなく見覚えのある、山中にふさわしくない生垣を見つけ、目的地にたどり着いたことを店主に告げると、「意外に近かったなぁ」と呟き長いこと笑っていた。
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