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第9話 バスルームで

 シャツを脱いで、そのままバスタブに入る。  追い炊き機能がある風呂はありがたい。温めのお湯の中で、顔を洗って、手足を伸ばした。何か言いたそうな顔をしながら、全裸になった徳重が入ってきたが、何も言わずにシャワーで手を洗い、頭から泡立てていく。  本を読もうと思って、眼鏡を布団の淵に置いたままだった。  目にゴミが入ったのはそのせいだ。濡れた指でもう一度目元をこすって、徳重の後ろ姿を眺める。真っ黒でもないが、そこそこ焼けている。全裸で仕事してるわけではないだろうが、服どころか、下着の境目もないほど、全身キレイに日焼けしている。野良仕事で尻や脚、鏡越しに見える腹筋までもこんな鍛えられるとは思わないが、筋肉標本のように美しいと思った。  シャワーで全身の泡を落とすと、バスタブの淵に座って、たわしのようなもので指先を洗う。 「今日は里山の整備とかで、山の草刈りだの、枝落としだのしてきた」  それであぜ道に姿がなかったのか、納得する。 「里山整備しとかないと、熊だの猪だのが餌がなくて、人里に来ちゃうらしいよ」 「ふうん」 「それでも鹿だのイノシシだのは増えすぎるから、冬になったら狩りの仕方も教えるってさ」 「猟銃とかで撃つのか?」 「それは猟師だけだろ」  徳重が笑う。「俺、銃とかは嫌だし」徳重の横で腕を組んで、顔を見上げる。 「…嫌なの?」  口を結んだまま、徳重は頷いた。引っかかっていたことが、急に見えてきた。 「そういえば…」  前回の事件後、監察官に絞られて、暫く尾行されたりしていた。徳重がそれに混ざってこっそり尾いてきたときも。 「あの時、俺の相棒だった刑事が襲われて路上で伸びてたらしいんだが……」  「カピバラ」と謎の呟きをしながら、徳重は足指の間も洗い始める。 「彼はスタンガンで襲われたんだ」  目を見ながら「俺じゃない」と徳重が言う。 「俺なら武器はなくても、気絶させられっし」  「…だよな」と呟いて、疑問は口にしなかった。ならば、誰だろう? 「おいで」  変態の口調と顔でそういうので、肩を押すように立ち上がる。 「自分で洗う」  後ろで激しい水音を立てる徳重を無視して、頭からまた今日何度目かのシャワーを浴びる。  シャンプーの泡を落としていると、膝裏に何か触れた。ビクリとしたが、頭皮をこすって泡を落とすことを急いだ。徳重の指が太腿の内側に入り込み、バスタブに引き寄せられる。  指先がそのまま内側を上ってくるから、シャワーノズルを掴もうとしたが、手が届かなかった。両膝を腕で包まれる。 「コラ。ちょっと待」 「待てない」  膝に鼻をぶつけるようにして、急接近した。お湯とは違う質の水分が内側の柔らかい部分に触れる。 「……っ」  流れる水滴で何も見えない。  徳重の身体が浮き上がるのが見えて、濡れた前髪をかき上げた。舌先とともに、両手が背後で上ってくる。両手で尻を包まれると、頬が熱くなるのが分かった。流しっぱなしのシャワーが足元で跳ねる。バランスを崩しそうになって、徳重の肩に手を置いた。 「もう、ビンビンだ」  舌先で臍を周回しながら、徳重が言う。 「バ…カ……」  両手が感触を楽しむように、輪郭を確認するようにゆっくりと動く。指先で急に責められやしないかと緊張する。舌先が動く度に、ビクビクと跳ねる自分の反応を、見下ろすのも恥ずかしく、手で額を押してみる。長く舌を突き出したまま、獣の目をした徳重と目があった。 「先にイかせてやるから、暴れないで」  興奮している。黙っていると、徳重が立ち上がり目の前に立った。詰め寄られて壁に背中がついた。肩越しに確認する間に徳重が膝まづいて、徐に中心を咥えた。 「あっ……」  巨大な洗濯槽に放り込まれたような、360度、天地無用に全身打ち付けられるような痛みに似た衝撃が走った。その部分から無重力空間に吸い込まれてしまいそうな、途方もない威力で、身体中、弛緩したようになる。 「あッ……あぁ、あ……」  抵抗しようと思うのに、声は言葉を発していなかった。視界が白くなる。ズルりと音を立てて爬虫類が上ってくるような感触に、思わず背中をのけぞらせる。ザワザワと音を立てて背中から首筋までなにかが上ってくる。熱くねっとりと絡みつく舌で、不規則に刺激され、包まれた箇所よりも背中が痺れた。膝が崩れそうになって、徳重が脚の付け根を押さえ付けた。……爆ぜる。 「んッ……」  口元を手で押さえても、声が漏れてしまった。  ふらつきそうになる腰をまだ、徳重が押さえている。腹も汚れてない。  徳重が口を開けて一息つくと、目を合わせながら舌で上唇をゆっくり舐めた。獣だ。眉間にしわを寄せるだけで、何も言えなかった。黙って見下ろしていると、シャワーノズルを顔に向け、口をゆすいで立ち上がった。 「……同じこと、してあげようか?」  挑戦的な言葉を選びながらも、泣きそうに声が震えた。飲み下す自信はないが、あの快感を同様に与えてあげたいと思った。徳重の瞳が少し揺れ、首を振って両肘を肩先につけた。徳重の指が髪に絡む。首も振れないほど頭をがっちりと抑え込まれたようだ。 「オマエの手で」  鼻先が触れるほどの距離で見つめられる。拒否しても怒られないだろうし、無理強いもしないだろうけど、言われた通りに手を伸ばした。広い空間のように思ったが、手を伸ばすとようやく指先になにか触れ、滑らせると太腿だと分かった。内側に滑らせながら登っていくと、腹に張り付いたソレにたどり着く。 「10代かよ……」  囁くように言うと口角が上がるのが見えた。   下を向こうとすると、額を両手で押さえられた。腹の間に指を滑り込ませて包む。もう片方の手も添えるようにして、どうやったら気持ちいいか、考えながら動かした。 「……いい、よ」  徳重が額を寄せて呟く。こんなことで褒められても嬉しくもないのに、頬が熱くなった。  急に腰を押し付けられて、腹部が圧迫される。密着すると急激に熱が籠る。  目を閉じて立ち眩みを押さえると鼻を噛まれた。目を開けると歯をぶつけながら、舌先が挿入された。密着しすぎて手を動かせない。徳重の舌が、息もできないほど咥内で暴れる。先ほど、これでイカされたのだと思うと、さらに頬が熱くなる。 「うっ……ふっ」  息を漏らすと、たいして動いてもいなかった指先に、ドロリと異質な溶岩が流れてきた。首の向きを変えると徳重の無精髭に頬が擦れてさらに熱くなった。  手首を掴まれて、指が自分の股下を進む。手のひらを重ねるように指が動いて、濡れた指先が、自分では触れない箇所を旋回した。 「ヤ…だ……」  聞き取れなかったとでもいうように、目を閉じたまま徳重が舌をさらに絡めてきた。自由な方の手で胸を叩くと、さらに壁に押し付けられた。徳重の手が双丘を割るように後ろから支えている。重ねた指が入口を濡らす。 「んっ……ぁ…」  肩先に顎をのせて、湯気の充満した浴室に目を泳がせる。徳重の親指が中指を押さえ付け、折り曲げた状態で固定させらたのが分かった。同時に壁を破る感触。膝が伸びた。徳重の親指が動くだけで、入口を広げるように指が旋回する。引き出されると関節や重ねた指の間にたまる水分を感じる。絡めるように指が動いてまた挿入させられた。自分の指なのに、無機質な凶器のように感じた。  ぐっと突き上げると、さっき見た勉強机で後ろから、挿れられた記憶が蘇る。雷の光に浮かぶ徳重の肩に乗せられた自分の膝、足を絡めて引き寄せた腰。脈絡もなく、徳重を受け入れた瞬間が浮かぶ。記憶が押し寄せて、あの律動を求めていることを実感する。 「い…たい……」  忘れていた感覚が蘇るのに、涙が零れていた。 「俺は毎晩のようにオマエのこと思いながらこうしてたのに、オマエはしなかったみたいだな」  声が冷たい。近すぎて表情はわからないが、責められている気がした。求めているくせに、自分でこうして受け入れる準備はしなかった。想っているなら、こうしてすぐにでも受け入れられる態勢でいれば苦労はしない。責められる理由もわかる。中指に沿うように、人差し指が押し付けられた。固くて太い徳重の指が挿入されると、壁を抉られるような痛みがあった。 「ゴ…ろ……、痛い」  はっと、我に返ったように徳重の手が離れた。その場に崩れそうになったが、支えられてまた引き寄せられる。胸の中に倒れるようにして、開きっぱなしの口で、新鮮な息を求める。 「俺の名前、呼んだ?」  わずかに首を振る。胸の中では、何度も、何度も呼んだけれど……。

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