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第10話 エアコン

 髪の毛をガシガシと拭いて、身体は優しく水気を吸うようにそっとはわせ、腰に巻き付けると床に座らされた。ひんやりとした洗濯機に頬を当てていると、逆上せた感じが回復してくる。自分の全身をガシガシとタオルで拭くと、抱き上げて寝室へ移動する。お姫様だっことも呼ばれるものだが、徳重にとって米俵担ぐのと変わりない感覚なのだろうと思うと、動揺もしない。 「……ん…?」  部屋に入る時、一瞬呟いたが、乾いたシーツに俺を転がすと台所へ戻って水を持ってくる。部屋に入るときまた首をひねった。肩を抱えられて水を飲む。大きな手のひらで風を送られて、少し目を閉じた。 「休暇?」  喉が少し鳴る程度の返事をする。 「明日も?」  相手の都合も考えず乗り込んだことに、罪悪感を感じて返事をしなかった。  適当に帰るから仕事へ行けと言っても、見送りまでされそうだ。あんなに考える時間があったのに、予測できる質疑応答さえ考えてなかった。  目を開ける。心配そうにこちらを見ている視線とぶつかるが、 「大丈夫か?」  という口はタコのように伸びて今にも圧し掛かりそうだ。暑苦しい。腕から逃れて半回転し、リモコンを手にボタンを押した。 「わ!」  「ピ」という電子音がかき消され、後ろにでんぐり返った徳重が、カエルのかっこで静止する。徳重越しでもリモコンはちゃんと機能している。水鉄砲で撃たれたように手で払うようにしているのが、ちょっと面白いので目掛けて手を伸ばした。 「ピ、ピ、ピ」  0.5度刻みなので都合4回押して2度下げた。白いリモコンを認識し、カエルが背後を振り返り、立ち上がった。 「おお! マジか!」  何もまとわない原始人が、エアコンの前で仁王立ちになる。しきりに「おお」と言いながら、冷房を堪能しているようだ。想像していた喜び方と大して違わないないことに、笑いが漏れそうになる。見られてもいないのに、口元を手で隠して別の方向を見た。 「これ、プレゼントってやつ?」  むしろ自分のため。 「まさか。俺のだ」  膝を立てて、リモコンを持った手で肘をつくと、声に出さず「え?」という顔を向けてくる。 「勝手に使うなよ?」  頭を掻きながら戻ってきた。 「勝手じゃなきゃ、使ってもいいってことか?」 「……」  答えを間違えたことに気づき、リモコンをほおり投げる。予期していたように、徳重は難なくリモコンを受け止めると、初めて見る文明の機器のように上から下まで眺める。 「借りますって、電話すればいいか? 毎日」 「ピ」と押して、風向きが変わるのを確認して歓声を上げる。 「でもこの時間は、忙しいよな」  そう言われて外を見る。先ほどより、空の色が濃くなったようだ。何時かはわからない。残業という概念もないが、多くの職員が退社する時間はもっとも会議や、外回りで何かしら追っている時間だったりする。 「好きに使え」  そう言って寝転ぶ。手を前脚のようにして近寄ってきた徳重の声が真上から落ちる。 「電話、とらなくてもいいから、掛けるよ」  そんな言葉を待ってたわけじゃ……ない。壁を向くように寝返ると、頬に唇が触れた。 「……いいって。鬱陶しい」  自分から仕向けたくせに、空しい言い訳だ。 「だから出なくていいよ。すぐ切るし」  すぐ切られたら……辛い。 「声聞きたくなったら、ワン切りでいいからかけ直してよ。俺、またかけ直す」 「そんなの…」  唇に指を押し当てられた。 「俺が悪いって言えよ。泣くくらいなら、俺のせいって言えよ」  言葉をうまく呑み込めない。  俺は泣いてない。…さっきのことか? 徳重が額に張り付いた髪を指で払い、瞼に口接けた。  久々に会えて感極まったとでも思っているのか? オマエの匂いや腕の中で、強く抱きしめられることが、単に嬉しいと思ったら、じわっときた……なんて、気付いてないよな? 「オマエ、甘え方知らないから、苦労するな」  子どもにするように、徳重が頭を撫でる。  苛立って、腕を伸ばして、肩に手をかけて引き寄せる。こんなに、甘えているのに、散々無遠慮なことをしているつもりなのに、かみ合ってない。降り注ぐキスの雨で、苛立ちが止まった。……好き。やっぱり好き。

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