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第15話 心から

  * 「……んっ」  呑み込めなかった唾液が口端からあふれると、舐めとるようにゆっくりと舌が頬を移動する。耳朶に鼻先が触れ、脈のところを強く吸われた。 「あっ……」  血を吸い取られたような感覚に眩暈する。痺れている間にも、舌は鎖骨から胸元へ降り、弱い箇所を強く吸われた。歯を立てられてひやりとする。腰を押さえつけている指の力も、いつもより強い。身体中に、徳重の痕が残る、そう思うと頭の芯が熱くなる。  臍の辺りからゆっくりと登ってきた指が、乳首を旋回する。熱い熱に包まれることを期待していると、反対側を舌で強く押された。 「っん……ぁ」  根元に爪を立てるように摘ままれ激痛が走った。さらに先端を親指の腹で撫でまわされると、痛みの先に別の感覚が生まれる。 「あ……あっ!」  そちらに意識が向いていたのに、突然焼き鏝を押し付けられたような熱が、右胸を包んだ。防衛本能からか膝を折って身体を丸めるような形になる。すかさず徳重が膝を掴んで、足を開いた。ゆっくりと大きく。恥ずかしさに目を背けると、胸元から離れた徳重の視線が絡んだ。陽に焼けた肩や胸が、汗で光って見えた。  足を絡めて腰を浮かせると、徳重の固くなった中心が太腿に触れた。羞恥心よりも、愛撫に飽きない徳重よりも、先を急いていた。右足の踵を爪先で引き寄せてロックし、捕らえた獲物にこちらから仕掛ける。 「ん…むぅ」  妙な声を上げる徳重の耳にかかるように、吐息を吹きかけてやる。徳重の手が尻を掴んだ。いつものように揉まれるだけで、じりじりと愉悦が上がってくる。 「…ぅん……っふ…」  声を上げないように、深く口接ける。悪戯に動く舌を追って、肩に回した腕に力が入る。ぐっと腰が引き付けられ、熱の籠った腹の間で固いものが動いた。尻を揉む震動でそれは大きく動いているようで、興奮する。 「あっ…は……」  唇が離れると唾液が糸を引いた。糸を切るように徳重の指が回る。指先が唇に触れ、歯列を割って入ってくる。根本まで舌を絡めると、息苦しさに涙目になりながら絡めた視線は外さずに音を立てて指をしゃぶった。徳重がうっとりするような目で見返してくるから、やめられなくなる。  たっぷりと舐めまわすと、尻を掴んでいた片腕が腰に動き、寝かせるように上体を押し付けてきた。徳重の首筋に両腕を回してしがみつく。徳重の短い髪からも汗が噴き出て指が滑る。眉間を寄せて震えるのがわかった。自分はやたら舐め回すくせに、こちらから仕掛けると小さな動きにも敏感になるのが面白い。 「ふっ……」  自ら濡らした指が挿入され吐息が漏れた。  見て、ほしいと思った。入口を舐めまわすように、指がゆっくりと動くのがわかる。真上からの視線を感じながら、目を閉じる。関節までの挿出を繰り返し、水を打つような音が響く。頬が熱くなるのは、吐息を掛けられているせいだけではない。 「あ……あっ」  激しく擦られて痛いような痺れるような、もどかしい感覚に襲われる。奥まで擦ってほしいと思いながらも、浸食されると収縮してしまうのが、自分でもわかる。 「目ぇ、開けよ」  上からの声に素直に従う。汗を滲ませた顔が、真上にあった。肩に回した腕が、汗で滑らないように力を込める。いつもとは違う暗い瞳があった。 「ぅん…ッ」  指が増やされた。入口を広げるように力を込められ、喉を反らした。徳重が顎に歯を立てて舌を伸ばすのが分かった。喉仏を押されると、息が止まりそうになった。同時に下から突き上げるような圧があり、弛緩しかけていた入口が閉まる。 「……っ…ぅ」  喉を押さえていた舌が動き、先ほどとは逆方向の脈の辺りを強く吸われた。胸を押し当てられ、尖った乳首が徳重の固い胸に当たると、それだけで背筋が跳ねた。痛みが緩和し始めた箇所が、もう一度、強く舐ってほしいと疼く。 「…あ、あっ……」  侵入を拒んでていた箇所から力が抜ける。その瞬間を見逃すはずがなく、太い徳重の指が深みを一気に攻め立てた。 「やっ…あ、はぁ…ん……あ…っん」  昨夜感じた箇所を急激に責められた。固くなった乳首は、つかず離れずで揺れる胸板に責められ、ヌルヌルと舌を滑らせながら、徳重の顔が這い上がってくるのが分かって、泣きたくなった。 「ふっ……あ…ん……あ……」  腕の力が抜けて、徳重の肩から滑り落ちそうになる。すると再び腰を引き寄せられて、上体が宙に浮いた。 「……っ」  軽く胡坐を組むように座った徳重を跨いで、膝をついた。糸を引いて指先が抜かれると、徳重の屹立を掴み誘導するように、腰を引き寄せられた。汗で滑る肩に爪を立てるように力を込めて、身体を支えた。台所からの僅かな光を徳重の分厚い身体が遮っているが、二人の間で白く光る先端が見えた。 「そのまま……身体沈めて…」 「……」  細く息をしながら膝を開き、腰を落とす。目線を落としても、徳重の厚い胸板で視界を遮られる。身体を反らそうとすると、腰を強く掴まれた。 「早く……くれ、よ」  乱暴な言葉に眩暈がする。腰を落とすと会陰に硬いものが当たった。膝を滑らせて身体を傾け、入口に押し付けた。 「ん……ッ」  一気に押し込んだつもりだったが、先端を広げただけで、少しも身体は沈んでいない。何度か呼吸を繰り返し、長く吐き出すようにして力を抜くと、太く硬いそれが、ズブズブと侵入してくるのがわかる。 「……ぃ……っ」  もう一度呼吸をし直して、繰り返す。いつものような興奮と快感はなく、痛みがじりじりと広がっていくのがわかる。それでも受け入れたかった。深く飲み込みたかった。腰を折るように股関節を開き、前へ進めてみるが、痛みが増すだけでそれ以上進むことができない。 「……っ…」 「ぅ…あ……」  少し引いてもう一度、進もうとしたが内臓が捩じれるような、焼けつくような痛みに動けなくなった。徳重も同時に呻いていた。 「なにしてんだ、ばか……」  腰を掴まれて身体が少し浮き上がり、無理やりねじ込んだものが少し戻された。息もできないほどの痛みから解放されて、酸素を求めて口を開ける。汗が流れる内股を徳重の両手が滑って背後に回る。手のひらに乗せるように尻を包まれて、整い始めた呼吸がまた荒くなる。 「俺の、掌にちょうどいい」  ふざけた調子の声が聞こえるが、顔を上げることができなかった。弾力を楽しむように揉まれ、双丘を開くように持ち上げられる。恥ずかしさと気持ちよさに、息の仕方を忘れそうになる。 「あ……はぁ……もうっ……」  揉まれ続けているうちに、身体を支配していた痛みは消え、別の何かが腹の底から湧き上がってくるのがわかった。その先にある快楽の波に、早く身を委ねたくて、膝が震えた。少しだけ咥えて揉まれるせいで、震動で角度が変わる度に、先端の形を意識する。徳重の両手に掴まれるように引かれると、飲み込んだままの内腿に力が入り、膝が浮く。 「ぁ……ぅ……早く……」  肩に掴まる手からも力が抜けそうになる。内股が徳重の身体にぶつかって淫靡な音を立て、熱く熟したそれを深く飲み込んだのがわかった。棒というよりも溶岩のような、大きな石を腹に納めたような感覚に、息が止まる。  ふいに徳重が上体を前に倒したので、慌ててしがみつく。膝が回した手より、高く上がるのが見えた。徳重が腕を上げるほどに、自分の膝や爪先も上へあがっていく。そして、深く繋がったことを理解していた。 「……ザッシー」  囁きが聞こえる。 「オマエの中、すげー、気持ちいい」  まったく別の感覚でいることが悲しかった。許容量以上の大きな異物で中心から裂かれ、こちらは息もできずに唇を震わせるだけなのに。熱い石で押し付けられているように、身体が壊れるほどの圧迫感があった。  ピタリと付けた身体は動いていないが、徳重が呼吸するだけで震動が圧迫感に変わり、ますます息が詰まった。頭に血が上りすぎていて、何も考えられない。 「さっきのかわいいキスくれよ」  どんなに息を吸い込んでも、酸素が足りない気がした。涙と唾液でぐしゃぐしゃなんじゃないかと思うが、顔を上げると徳重はうっとりしたようにこちらを覗きこんでいる。先ほどの暗い瞳ではなかった。  好きだと思う。接するほどに、好きだという気持ちが膨れていくのがわかる。だからこそ、会いたいと思うのだ。  目頭にそっと唇を重ねる。鼻先や頬、唇に何度も口接けた。触れるほどに涙が零れる。ずっとそばに……、そう望んでしまう俺は、たまに会うだけの恋人にはなれない。  鼻先に触れると、徳重と目が合った。大きな手が額に張り付いた髪をかき上げてくれる。涙を吸うように徳重の唇が動く。 「…………」  聞き取れなかった。  動けば弾けそうな欲求を押さえるように、徳重は微動だにしなかった。唇を割って舌先を入れると電気が走ったように腰が揺れた。  徳重の瞳が燃えるように光るのが、見えた。抱えられていた膝に力が籠められ、背中が布団に沈んだ。 「やっ…、あっああっ」  急激に腰を揺らされ、痺れを忘れかけた箇所が疼痛を訴える。角度を変え何度も挿出され、肉体を弾き合う音が響いた。 「あぁ……だめ……あ、やっ……」  声を聞きわけていいところを貫かれた。じんじんとした痺れが全身に回るではないかと思うほど、強く擦られ、恐怖と期待が入り交じり、背中が仰け反る。  身体を切り裂くほどの硬さと熱が押し込まれる度に、地の果て、あるいは空の彼方へ放り出されるような快楽。  声も出せずに受け止めると、激しく腰を動かされ、両手でシーツを掴んで悶えた。  押し込まれるほどに、強く深くなる衝撃に全身が飲まれる。大きく揺らされて宙を舞う足先が虚しかった。それとは真逆に、噛み締めることもできない愉悦が口先から溢れてしまう。突かれる度にシーツに襞がより、ついには頭が布団から落ち、畳を擦る。  根本まで飲み込んで、きゅっと締め上げる。実際にはできてなかったかもしれないが、この男の劣情を、全身で受け止めることができる悦びに浸っていた。身体の奥深くに大きく爆ぜる熱を感じた。  その瞬間に果てた。

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