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第17話 通行止

   * 「クッソ」  徳重がハンドルを殴る。  『工事中につき通行止』。幹線道路へ続く道は立て看板により閉鎖されていた。一番近い駅でいいと言ったのに、東京まで送るつもりでいたらしい徳重と、車中は言い合いになった。譲歩する必要もないが、ヒートアップするのも嫌なので、新幹線の駅までということになったのだが、通行止。 「無駄な争いだったな」  溜息交じりに言う。Uターンしながら、徳重は口を尖らせる。 「聞いてないわー。なんで、こんな道工事するかなぁ」  ブツブツと恨み節を呟きながら徳重が、立て看板を振り返って口を突き出した。  何か、今のうちに言っておかなければいけないことがあったような気がして、頭を整理してみるが、来た時と同様、ろくに頭が働かず、無意味な徳重の呟きを黙って聞いていた。 「あ、でもあれだよな。新幹線の駅まで送るってことで決着したわけだから、電車乗ってけばいいわけだ」  そう呟いて、徳重はカーナビで最寄り駅を検索して設定する。  真夏の青い空の下、緑の稲穂がそよとも動かず、どこまでも続いている。少し先に、徳重の家のある低山と同じ様相の山が見える。長閑な風景。おおらかな徳重。本当に、ここに住めたらよかったのにと思う。  春先には、辞めようと思った警察という仕事。辞めてどうするか、考えはしなかったが、徳重のようにすべて捨てて農業に打ち込めるかといったら、そういう体質ではない。無理に合わせようとしても多分三日と持たずに音を上げる。体力に自信がないわけではないが、多分、肉体労働は向いてない。考え事でぼぉっとするタイプだし。かといって、システムエンジニアのように、論理をつめて技法を駆使してパソコンに打ち込むほど仕事に熱中するわけでもない。 「ねぇねぇ、聞いてる?」  徳重の手がチラチラと前で揺れた。 「何?」 「だから、ザッシーはなんで刑事になったの?」  ……ちょうど、考えていたところだ。 「なんでだろうな……」  えー? と変な顔をこちらに向けてくる。ふと、斜め上に視線をむけて、徳重が車を止めた。フロントガラスを覗き込むと、高い空に翼を広げた鳥が飛んでいるのが見えた。 「鷲? 鷹かな?」  徳重がいうので、眼鏡のリムを上げてみるが、大きな翼があるということくらいしか、わからない。 「この辺、カラスがいないから鷹かもね」  なるほど、と呟きながら、徳重がハンドルに肘をついて眺める。空を眺めながら、昨日、徳重が語ってくれたように、蓋をしていた古い記憶から漁ってみた。 「3つ離れた兄がいる」  徳重がこちらを向くのがわかったので、助手席で、足を組んで右肘をつき、高い空を舞う鳥に視線をやった。 「母は後妻で、籍を入れてすぐ妊娠した。初産で、俺を出産する前後はかなり体調が悪かったらしい」  徳重はハンドルに顎を載せて前を向いた。 「結婚したばかりの父と、特に甘えたい盛りの兄の欲求は、俺という存在に奪われた」 「え、でもそれは」  首を振って徳重の言葉を遮った。 「実際、兄にそう言われたんだ」  大きな溜息が聞こえた。父の溜息と重なる。項垂れる母の肩に手を置いて、立ち去る父。  オマエサエ、イナケレバ。  父にもそう言われるのが怖くて、顔を合わせることもあまりなかった。けれど、生まれたてのころは寵愛されていた。 「天使のよう。赤ん坊の頃はそんな風に、見る人すべてに可愛がられたらしい」  徳重が目を閉じて何度も頷くのが、視界の端で見えた。逃れるようにシートに身体を預けて、足元を見る。 「ただ、寝てるだけで骨折したり、ネジや石鹸を飲み込んじゃうやんちゃものだったらしく、母は手を焼いたらしいけど」 「……は? イメージつかんな」  隣でシートを倒す音がする。運転をやめて話を聞くつもりらしい。急かす理由を探って周囲を見るが、車はおろか人の姿も見えない。あぜ道のような狭い道は、前後振り返っても、果てしなく同じ風景だった。  諦めて、その頃のことを思い返した。

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