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第20話 駅舎

 線路に沿って車を走らせるとすぐに駅が見えてきた。駅といってもロータリーがあるわけでもなく、バス停もなく、民家もない。錆びついた観光案内の看板がひしゃげている。単線の両脇は木々が生い茂っていて薄暗かった。 「無人駅だから……」  徳重が駐車スペースに車を後ろから入れる。隣に古ぼけた冷蔵トラックが止まっていた。『水産』の文字だけかろうじて読めるが、全体がかなり擦れている。 「人がいるよ」  改札の向こう側、反対側のホームを掃除している駅員らしき制服が見えた。箒で掃きながら改札の右側へ消えてしまった。車を止めて、外に出ると徳重が手を上げる。 「ちょっと待ってろ」  やけに警戒している様子の徳重が、改札を通りすぎ、駅員らしき人が向かった右へ折れる。さっきまでの会話に引き摺られたのだろうと思った。尾行はまいている。いくらなんでも徳重の素性を知らない限り、この予定外の駅にたどり着くわけがない。  無人の改札を抜けて徳重を追うつもりだった。  ふと、左側に人の気配を感じた。振り返るとベンチに頭を抱えた老人が座っている。 「……どうかしましたか?」  短髪だが白いものの混じった頭を抱え、震えていた。 「大丈夫ですか?」  具合が悪いのだろうか? 水でも……、自販機を探そうと目線を上げた瞬間に、手首にチクりと何かが刺さった。慌てて手を引く。手首から老人の親指が離れ、判子ほどの面積の赤味が浮き出た。いくつもの針で刺されたように、赤い小さな水玉が膨れ上がり、滲んだ。  スタンプ注射。筒美会に拉致された時の記憶がよぎった。止血するように親指で押さえると老人は先ほどのように頭を抱えて蹲った。罠だ。  ホームの先の方に徳重の背中が見える。 「……!」  声を出そうとして、ドクンドクンと異常なほど跳ねる心臓に邪魔された。一歩踏み出してみたが、もう爪先が重く、擦るように靴先がずれるだけだった。痺れを認識する間に、感覚が消える。まずい。  向かいのホームで気づかない様子の駅員が、塵取りを揺らしている。徳重が向かう先に、別の人影が見えた。 「……っし…ぇ!」  呂律がもう回らなかった。視界が下がって、膝をついたのだとわかった。カシャンと軽い音を立てて眼鏡が落ちた。  徳重が振り返る。  視界が歪む。平衡感覚がなくなって、手を付いた。徳重の先に居た人が手を上げ、振り下ろすと、赤い線が弧を描いた。血だ。声を掛けたせいで、背中を切られた。  絶望と薬のせいで、手だけでは支えきれず、頭が落ちる。  前屈みになった徳重がそのまま倒れるのかと思ったが、蹴り上げた足でナイフの男の顎があらぬ方へ曲がり、身体ごとホームから消えた。だが、向かいのホームで駅員が膝をついて箒を構えた。箒ではない、黒い……猟銃?  身体を支え切れずに、顔が地面についた手の上に落ちた。冷たい汗とともに、瞼も落ちてくる。  パン。と乾いた銃声が響いた。

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