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第23話 回収

   *  不甲斐ない。  空を見上げながら思う。車から放り出されたアスファルトは焼けるように熱い。切れた皮膚に熱したフライパンを押し当てるようなものだ。傷の痛みより、助けることもできなかったことに胸が痛む。悔しさに唇を噛む。  判断を間違えた。 通行止は偽装だ。あの無人駅へ導くためのものだった。工事の気配がないのだから、突っ切るべきだった。駅に入ったのも間違いだ。他県ナンバーの水産トラックが、内陸の無人駅に用があるはずもない。ベンチに人が居たことも見落とした。麻酔銃を撃たれることも想定外だ。 今時、両手を吊るし上げてリンチなんてされると思ってなかった。運よく反撃できたからよかったものの、気付かれないうちに一旦引くべきだったのかもしれない。ただ、ザッシーが傷つけられるのが嫌だった。  押し寄せる後悔に潰されそうになる。太陽が真上にあることが、唯一の救いだ。まだ時間がある。  自動車の走行音が迫ってくる。道のど真ん中ではないが、轢かれるかもしれない。思っている間に耳元でブレーキ音がした。 「にゃ! にゃああ、血だらけですぅ」  ドアのスライド音とともに、場違いな悲鳴が聞こえる。 「乗れ!」  いつもの命令が聞こえるが、身体が反応しない。ゴツッとラバーソールより重そうな、例の足音が耳元でした。早すぎる。構えることもできず蹴り飛ばされると思ったが、両脇が浮いた。ボワンと頭をクッションで守られたような気がしたが、ケツや足をしたたかに打った。ワンボックスの低い天井が見えたので、どうやらデカパ……いや、朝倉に車の中まで引っ張りこまれたようだと理解する。 「出せ」 「え? 私?」 「馬と一緒だ。右足で蹴ってればいい」  無茶苦茶なことをいいながら、朝倉が頭からの出血を抑えるようにタオルを巻く。動揺しながらも運転を始めたのか、ノロノロ、ふらふらしながら車が動きだした。 「もっとガーっと行け」 「え? でも人とか信号が……」 「千葉だ。房総だぞ。人もいなけりゃ、信号もない。とばせ」  シャツをまくり上げて舌打ちをしながら、ウインドウに下がっていたカーテンを引きちぎって腰に当てる。萌絵は猫のような悲鳴をあげながら、それでも順調にスピードを上げ始めた。 「サクラの猫はどうした?」  手際よく手当しながら、朝倉が聞いてきた。  声が出せず、首を振った。 「なぜ一緒にいた?」  質問ではなく『怒り』に聞こえた。一緒にいたのに、守れなかったことを責められているのだ。当然の怒りだ。  大きな出血源を一通り抑えると、朝倉がペットボトルのキャップをあけ、顔に振り掛けたあと、口に押し込んできたので水を含む。口をゆすぐと、血をふき取ったタオルを押し付けられたので吐き出して、水を飲んだ。 「相手は誰だ?」 「……あいつの、兄貴だ」  咳き込みながら、かろうじて答えられた。朝倉が異臭を嗅いだような顔をして、首を捻る。 「なんの因果だ?」 「……個人的……恨み?」  「暇人か」歯ぎしりするように朝倉が呟く。 「もう一人、政治家が絡んでる」  筒美会の頃からの付き合いがあるようだった。資金援助をしてもらいながら、悪趣味の捌け口も用意してもらう、見返りのあるような取引は何だろうか。たどたどしく伝えたが、朝倉が首を振った。情報が少ない。 「お前らが連れ込まれたのは、廃校だ。それだけの場所が必要な何かをしているのか?」  体育館しか見ていないので、そこまではわからない。 「ただ、組織ではないようだった」  喧嘩にも拷問にも慣れていない。拉致るならまず、持ち物検査くらいするものだが、作業ズボンの側面ポケットのスマホでさえ気付かれなかった。おかげで彼女らに拾ってもらうことができたわけだ。    *  徳重をどこに放り出したらよいか話しながら、三人の男たちは愚痴りだした。 「あいつ、やべぇ」 「男輪姦(まわ)すとか、マジキメぇ」 「連れてきた女の子にすりゃいいのに。面白い仕事ってこんなことかよ」 「前回も男だったし、『先生』とかいうやつマジ、イカレてるわ」 「え? 前回も?」  前回も参加したらしい男がその様子を語る。映画監督が脱出ゲーム的なミニマム映画を撮るといって、アイドルデビューしたばかりの男の子を連れてきたという。だが校舎の至る所に米軍兵がおり、レイプされる様子を、じじぃたちが酒を飲みながら楽しんでいたという。 「そいつ、デビュー決まったばっかりなのに、病気が見つかったとかで引退するって先週、ニュースになってたわ」 「マジか。こっちも病みそうだぜ」 「これ終わったら、トンズラ……」 「オイ……」  起き上がって声をかけると、それぞれが悲鳴を上げて、車は急ブレーキで止まった。一撃で倒したことに恐れをなしているのか、同じように口を開けたまま固まっている。  ここへ来るのに金も持たずに出発したことを思い出し、ボコった相手の財布からくすねた札束を指に挟んだ。 「オマエらの時給はこれよりいいのか?」  3人の若者は素直に首を振った。どうやら『面白い仕事』ということでかき集められただけのようだ。 「じゃ、一仕事して、今すぐこの仕事を辞めた方がいい」  どうする? というようにそれぞれの顔を見合わせる。腹の傷が痛むが、限界を超えてしゃべるしかない。 「俺がやくざ者と呼ばれてたの覚えているよな? 俺は記憶力と腕力はいいんだ。オマエらの顔は覚えたからな」  一仕事――戻って『連れてきた女の子』と、あいつが『課長』と呼んでいた奴を引き合わせてやること。それが上司だというのなら、誘拐されて指示に従うしかなかったとしても、あとは何とかするだろう。  少しでも、あいつを身軽にしてやらないと……。  もう、いい。  そんな風に、全部諦めたような顔をしていたのが気になった。  俺が助けに行くって言っているのに、あいつは信じてない。    *  かい摘んで、そこで行われていることを、朝倉に話す。 「悪趣味な遊園地だな。それを見て酒を飲む?」  フラットシートに穴が開きそうなほど、朝倉が踵を叩きつけた。殺気だけで皮膚が切れそうだ。 「その手の趣味を持ってる政治家、広島か岡山弁のじじぃ……」 「萌絵、調べられるか?」 「やるやるーやるから運転かわってぇ」  朝倉が立ち上がりかけて、上から覗いてきた。 「取引条件は?」 「……」  それを教えたら、置いて行かれる気がした。  もう、いい。あいつもそう思うように、今の俺は誰が見ても頼りないだろう。その判断は間違っていない。ぎゅーっと肺を握られたように、息ができなくなった。 「何時までだ?」 「……日没」  そう言っていたが、国会議員の仕事終了時間はいつなのか。リミットを守ってくれるのだろうか。ここが房総なら横須賀は近い。イカレた趣味を持つ米軍兵が先に着いてしまう……。耳鳴り。 「おい!」  痛みに目を閉じる。まだ、気を失うわけにはいかない。  100%ダメだと思っても、1%思い返してほしい。俺が、どんだけオマエを愛したか。どんだけ想っているか。思い出してほしい。  ちょっとでも、助けてほしいと思うなら、一番に俺の顔を思い出してほしい。俺は、絶対助けに行く。ホントの気持ちも言えないオマエの側にいる。  1%でも希望を持ってくれれば、なんとか、なる。  朝倉が助手席を蹴り倒して、運転を代わった。急激に加速し、胃が浮く。吐き気を堪えているのに、代わりにやってきた萌絵が吐いた。 「うぅ、ねねたん、まだ血だらけじゃん」

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