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第24話 俺が動くより

   * 「ちょうど、千葉の火薬工場の見学してたとこなのー」  萌絵は血がダメらしい。結局仕事はできず、倒した助手席の背にもたれ掛かって吐き気と戦っていた。 「昨日、みのりんが東京離れたときは、お仕事かなと思ったんだけど、新幹線おりたら位置がわかんなくなっちゃったから、あれれーって」  しゃべってないと車酔いするとかで、頑張ってしゃべっている。相槌を打つことで、こちらもなんとか気を飛ばさずに堪えられた。  みのりんとは、あいつのことか? そういえば、こいつらも名前を呼ばず、勝手な名前で呼んでいる。 「素直に……」  聞けばよかっただろうか。 「うん?」  萌絵に聞き返されて、慌てて口を閉じた。 「それでね、朝気づいたら、二人のスマホが同じ位置にあるから、はにゃあ? って。それからまた、私たちの方へやってくるから、なんでだろうって話してたら、近くの廃校でみのりんのスマホの電源オフられちゃったから……」  たまたま近くだったから、拾ってもらえたわけか。 「みのりんと仲良しだったんだねぇ」  縦巻きにしていたツインテールが盛大に壊れていることに気づいて、どうにか整えようと髪をいじりだした。  スモークの窓は時々ビルの光を反射して、都内に入ったことを知らせた。眩しさに目を閉じると、スーッと意識が遠くなる。 「痛み止め、あるよ」  毒々しい黄色いカプセルを挟んだ手を、萌絵が差し出す。焦点が合わない。 「あとは私たちに任せて、眠っていいんだよ」  十分、頑張ったよ。声が小さくなって、子守歌のように聞こえる。 「もうこれ以上、傷ついてほしくないと思ってるよ。大丈夫。わかってくれるから。後は私たちに任せて。何を持っていけばいいか教えて」  十分、頑張っただろうか。抜け目ない彼女たちならうまくやるだろうか。俺が動くより……。  DVDはまず入手困難だ。仮に証拠品がある倉庫まで辿り着けたとしても、見た目で内容まではわからないものを盗むことはできない。権利書も。ちょっと貸して、とは言えない。もう何年も会ってない徳重夫婦に、こんなザマで会うわけにもいかない。どうやっても手に入らないが、この二人ならなんとかできてしまうのだろうか。    *  急ブレーキで目が覚めた。朝倉が車を降りたので、首を上げる。電柱に「本郷×丁目」と書かれていた。スライドが開いて、 「萌絵、お前は歩け」  というと建物の中へ入って行った。庭木は荒れ放題で、建物を覆い隠すように生い茂っている。勝手口を覗き込んでいた萌絵が、壁に隠れるように張り付くと、白衣の男が出てきた。 「うわ。ふざけるな。俺、外科じゃねぇって言ってんだろうが」  そういいながら、白衣の男が乗り込んできて、胸ポケットからペンライトらしきものを出して目の前に翳した。朝倉が応急処置をしてくれた箇所を手早く探る。 「選ぶな。せっかく患者を連れてきたのに。腕落ちるぞ」 「頭割れてんじゃねぇか。脳も見るなら無理だぞ」 「中身はどうでもいい。血を止めろ」  ……姐さん、聞き捨てならないです。 「腹、うわ、中身見えるぞ」 「はみ出してるなら切って閉じろ」  両手を腰に当てて朝倉が言い放つと、男はため息をついた。 「おままごとじゃねぇんだぞ?」 「おや、続きがしたくて医者になったんじゃなかったのか?」  二人の会話に親しみを感じるが、不安しか湧かない。頼れる看護師でもいてくれれば助かるのだが、と思った瞬間、奥から一人の少年が出てきた。白い大き目のカーディガンを羽織っていて、羽根のようだ。 「先生。なにか手伝う?」  その声に医者が驚いて振り返った。 「わ、向野! 見ちゃダメだ」  ……血がダメpart2、ってことは看護師じゃない。少年は素直に従って、萌絵の隣にしゃがみこんで膝に頭を埋めた。萌絵が不思議な生き物を見るように眺める。 「ま、担架だな」  女王様が歩き出そうとするが、医者らしきが呼び止める。 「待て待て。血液型は?」  あ、やばい。 「エ……ビー」 「なんだABか」  ほっとしたような医者の顔が曇る。 「アール……」 「まさかRHマイナス?」  医者が嬉しそうに首を振り始めた。 「こりゃだめだ。輸血がない。手術できんわ」  窮地。せっかく戻りかけた視界がくらんだ。が、白い腕が伸びた。 「あ、一緒です」  天使がいた。

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