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第30話 女たち

 朝倉が運転席から降りて、両手を上げると女の腕が素早く身体検査を始める。手首、腕ときて、彼女の胸を掬い上げるように両手で持ち上げた。 「いい胸だな」 「どーも」  怖。腰を探って先ほどのS&Wに触れる。銃刀法違反。正常な判断なら外して出ると思うが、身分証明のショートカットなのだろうか。相手の素性も知れないのに、朝倉はそれだけこの人に賭けているということか。 「これは?」 「私物です。一時的に預けましょうか?」 「命ごと預かるから問題ない」  怖。思った瞬間に助手席から引っ張り出されて、同じように検査される。こっちの男は乱暴だった。杖をつく暇もなかったせいで、地面に転がった。 「おい、客人は丁重に扱え」  ヒールの音が近づいてくると、失礼しましたと言い男は3歩下がった。車の前に立った女性のシルエットが見えた。シンプルなスーツ姿だが、タイトスカートを履いているのにOLには見えない。高いヒールのせいか、オーラが違うのか、高貴な人物だと思った。髪はあいつよりも短いベリーショートだが、あいつと同じ猫っ毛のようだ。腕を組んでこちらを見下ろしている。 「なるほど。渋谷のマンションを襲撃した男だな」 「!?」  セキュリティは突破したつもりだったが、室内にカメラが設置されている可能性を指摘されて頭が真っ白になる。 「……玄関を撮っている」  笑っているように口の端は上がっているが、口調はナイフのように固く冷たいままだった。強引に押し入ったがお泊りしていることも、バレているということだろうか。朝倉の電話を嘘と見抜いたのは、そういう経緯だろうか。どう対応したらいいかわからずにいると、彼女は膝が地べたに付きそうになるほど屈んで正面から覗き込んだ。 「満身創痍だな」  眉を寄せた悲しそうな顔がダブった。悲しそうな顔。  指先だけ触れた手……。いつの光景だろう? 布団に顔だけ載せ、手首に触れようとしている細い指を思い出した。触れそうになっては躊躇い、離れる手のひらの温もりを感じていた。悲鳴も上げられずに夜をやり過ごす、施設の弟たちとダブった。寝ているふりをして指先を曲げると、四本の指先を包むことができた。ピクリと動いた指を握ったまま、目を閉じていると安心したように手のひらの重みが落ちてきた。  あれは、いつの夜だったろう? 「すみません。俺がついていたのに、救い出すことができなかった」 「まだ恋人じゃないんだろ? 責任を感じることはない」  目を上げる。やはり、目元が似ているので辛くなる。この事態を想定して否定されたのか。返す言葉もない。 「度の過ぎた兄弟喧嘩は、他人にはどうにもならんだろう。気にするな」  言い方も似ている。当てにされてないと思うと益々、身体が重くなった。  秀水(しゅうすい)と名乗った彼女は、立ち上がって車に寄りかかると、朝倉にスマホを渡した。 「先に現状確認をしておきたい。現場の住所はわかるか?」  朝倉は無言で受け取り入力して返す。秀水はそれを受け取ると、タップし耳に当てた。 「桜庭。確認を頼む」  短い通話。予めあちこちに人を配置しているのだろうか? 「で? タイムリミットは?」 「あ、日没って言われました」  朝倉に睨まれる前に応えると、秀水が腕時計を見る。 「時間がないな。作戦会議をしよう」  彼女が車から身体を剥がしかけた時、朝倉が彼女の前に立った。 「兄弟喧嘩ってレベルじゃないことは、わかっていらっしゃいますよね?」  もちろんというように首をかしげ、少し高い朝倉を見つめ返した。 「兄の加勢か、或いは黒幕らしき有力者も絡んでいる。そっちは無視で進めるつもりですか?」  予想外なほど期待どおりの加勢してくれる……、ぬか喜びしかけたところで、朝倉が率直な質問をした。 「自分の腹を痛めて産んだ子が、命を落とすかもしれない時に、誰が敵だろうと関係ない」  今は公人としてではなく、一私人として対話している。と前置きした上で秀水はそう言った。 「上司に歯向かって罷免されることとなっても?」  朝倉の問いに逡巡するように、顎に右手を当て、少し考えて続けた。 「できれば回避したいな」  女同士が同じようにニヤリと笑った。意気投合したようだ。  駐車場から、薄暗く長い廊下を歩いてエレベータに乗った。歩いて、というより男がどこからか車椅子を持ってきて、問答無用で乗せられ運ばれた。操作ボタンの前に男が陣取ったため、階数はわからなかったが、さらに地下へ降りた気がした。 「ねぇ。私物ってことは、欲しいって言ったら用意してくれるの?」 「ええ。武器商人ですから。でもデポジットいただきますから、初回はお高いですよ」  朝倉が簡単に素性を明かすのは、信頼または顧客としての上玉だと認めたからだろう。公人としてではなく……、裏でも通る顔がある、同じ匂いを感じたのだろうか。 「モノは保証されるってわけね。いいわね」  オフィスビルのエレベータのように、女子同士で気軽に会話が始まったが、話題はとてつもなく物騒だ。 「そちらさんは、こういうもの扱えるの?」 「いや…まったく」  急に振られてビビった。ブンブンと手と首を振って返すと、壁に寄りかかって朝倉に向き直る。 「でも、こんな急だと大したものは用意できないかしらね」 「いえ、既に遣いの者を出しておりますので、大概のご要望にはお応えできると思いますよ」 「フッ。仕事の早い子は好きよ」  口の端をわずかに上げて天井を見上げた。見えないそろばんを弾き出した横で、朝倉がにんまり笑った。

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