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第34話 作戦開始

 轟音と振動で平衡感覚も鈍痛ももはや感じなくなった。途中からヘリに乗り込んできた朝倉が、世界一イジワルそうな顔で笑う。 「まだ、生きてたか」 「すんませんね」  軽く頭を下げて場所を作る。が、より早く膝で押されて、壁にぴたりと身体を預けた。後ろから大橋ともう一人乗ってきた。鼻先まで隠れるネックウォーマーみたいなのを下げ、キャップを取ると右手を差し出してきた。 「初めまして。桜庭です」  にこやかに握手する男は、予想より若く明るかった。大橋はじめ、ぶすくれた奴しかいない組織なのかと思っていた。二人は反対のコーナーに慣れたように、大きな身体を畳んだ。 「早速ですが、まもなく現地に着きますので、作戦の最終確認です」  ヘリの音に負けないように、桜庭は声を張った。短く簡潔な作戦に4人が頷き、腕時計の時間を合わせる。朝倉と桜庭がイヤホンに耳を当て、無線の確認をした。  何度も唾を飲みこんで外気圧になれるようにしていたが、体感が追い付かないほどヘリはどんどん高度を上げていった。軍用ヘリにはドアがないと聞いていたが、風圧で手を出すこともできない壁があるようだった。夏というのに身体がひんやりしてきた。飛ぶ前に飲めと言われた薬を口に含む。鎮痛剤というより痛感を麻痺させる薬だ。限界を超えると動けなくなるそうだ。  ヘリなのでホバリングしながら降りるのかと思ったが、それでは音でバレてしまう。機関銃の弾帯と、パラシュートのハーネスを間違えないように、何度も手元を確認する。タンデムとはいえ、飛び出すには勇気がいる。海の向こうへ消えようとする太陽は、地上の全てを黒いシルエットへ変えていた。こちらも取引を守るつもりはなかったが、向こうもそのつもりだったのだ。 「3、2、1、ゴー」  覚悟する前に朝倉の発声で身体を宙に投げ出す。ままよ。  ヘリから飛び出すと、風が頬を切り裂いていく。思った以上に地上が遠い。ゴーグルをしていても、目から涙が出てくる。パラシュートはまだ開かないが、事故ではないのだろうか? このまま地面に叩きつけられるのではないかと、不安になる。横を見ると大橋に抱えられた朝倉が楽しそうに両手を広げて飛んでいた。あの女の心臓、チタンかクロムかなんかでできてるのか?  目線を戻すと、だんだん地上の風景が認識できるほど近くなってきた。パラシュートが開かれるとハーネスが引っ張られ、内臓が千切れるかと思った。 「あれだな」  後ろから桜庭の声がした。広い空き地、否、校庭だ。それと校舎が見えてきた。体育館の配置であれだと確信する。横真っすぐの校舎に沿って、陸上トラックとテニスコートが2面続いている。優に200メートルはあるということだ。校舎の4階の端の教室にだけ、電気がついている。校門のあたり、1階の昇降口あたり、車の前に人が倒れているのわかった。桜庭の説明どおり、地上の隊員が見張りを倒したようだ。 「降りるぞ。踵上げて」  言われるまでもなくエビ反り状態、桜庭の腕を信じるしかない。校舎の屋上に着地する。桜庭が僅かなオーバーランで足を止めると、俺の身体も自然に着地していた。手早く身体を切り放して、四つん這い状態で息を整える。バサっとパラシュートが落ちると、桜庭は手早く巻き取り潜入への態勢を整えた。  一足先に着地していた朝倉ももう突入の準備に取り掛かっている。大橋は肩で大きく息をしながら、桜庭と同様にパラを畳むが動作が遅い。朝倉と一緒なら怪我の一つもするだろう。 「無事着地。OK」  桜庭が軽い口調で言う。地上班との連絡をアピールするように、イヤホンを人差し指で押さえる。 「へぇ! 人質の少女と老人は無事確保したって」  期待してなかったとでもいうような感嘆符付きだったが、桜庭が俺に親指を立ててきた。 「正面玄関と昇降口は占拠済み。北側の階段はバリケードがあって使用不可。目標は4階北端の教室。米軍兵4人、その他5人。ベッドらしきものとバーカウンター、テーブル、椅子。たった今、国会議員とSP3名、教室に到着」 「了解」  朝倉が、太腿や腰に付けた銃を確認するように手で触れながら返す。 「その真下の教室に6人待機、うち4人は怪我人らしい。こちらは想定内だから、俺と大橋で処理できる。作戦どおりだな」  3人が申し合わせたように腕時計を突き出すように円陣を組むので、慌てて左腕の時計を確認しながら寄った。 「タイムリミットはヒトナナフタロク。あの南側背面に避難用の……」  校舎はI字型の4階建て。南の端に屋上への出入り口があり、そこに避難梯子を準備しておく。今立っている位置の真下、4階の北側の端っこの教室まで行って帰ってくるまで約10分。  桜庭の声が途切れたので目を上げると、その出入口からユラリと影が動いた。扉よりも頭が上にある。大きい男だ。紫煙が揺れた。 「まずい。米兵がいる」  大橋の声に朝倉が太腿の銃に手を掛ける。向こうも気付いているのだろうが、煙草を口にくわえたまま、ゆっくりこちらに歩き出した。 「銃はダメだ」  階下の者に気付かれてしまう。桜庭が背中の大きなリュックを下ろそうとするので、手で制する。 「ここは俺に任せろ」 「行けるか」  桜庭が心配そうに顔を寄せるが、頷いて返す。朝倉が静かに横に立った。 「なら、それ寄こせ」  躊躇っていると、米兵が煙草を吐き捨て歩調を少し速める。 「オラ」  銃身をひったくられ、仕方なく弾帯を肩から外すと、米兵が走り出した。朝倉は誘うように米兵に視線を向けながらゆっくり弾帯を上から被った。胸の上で夕陽を浴びて、キラキラ光った。大橋と桜庭は腰を少し落としてその時を待っている。よーいドンの姿勢だ。

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