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第38話 火花

 一瞬の出来事だった。天井の蛍光灯がバリバリと音を立てて降り注ぎ、幾筋もの熱線が縦横無尽に突き抜けて行った。短い悲鳴と、破裂音、金属音、落下音。一瞬の驚きが相次ぐ形となり、軽くパニックになりかける。ズシンと刺青男が覆いかぶさってきた。重さに息が止まりそうになる。  閃光はまだ続いていた。無軌道に無秩序に物が壊れ、飛び散る様が男の肩越しに見えた。雷鳴ではなく、マシンガンの類だということを理解する。短い閃光をらせん状に追いかけるように、次々に火花が散る。  やがて、破壊され尽くした部屋は全体に白く靄って静かになった。  背後にいたはずの男もすでに動かなくなっていた。脇に居た男は銃撃でベッドから転がり落ちたのだろうか。確認はできない。倒れたスタンドライトが、動かなくなった者たちをぼんやりと照らしていた。椅子をなぎ倒して倒れているもの、覆いかぶさっているもの、引きちぎれたカーテンを握っているもの、血に塗れた腕。辛うじて動けるものも、呼吸をするだけでやっとだとわかる。  ジュっと音がした方へ目をやると、銃身と分かる黒い筒先が、上にいる男の腕に押し当てられた。突き刺すように押し付けられ、巨体が動いた。ゆっくりとシーツを転がり、降り注いだ電球の破片の上に転がった。その時、巨体の陰から何かが動いた。ベッドの脇から膝立ちで銃を構えた米兵だったが、銃を撃つ前に頭を弾かれ、後ろに倒れた。予期していたように向けられたショットガンが、煙を上げていた。  サングラスとネックウォーマーのようなもので鼻先まで隠しているので、顔は確認できないが、胸のフォルムで朝倉だとわかる。  使い切ったマシンガンを死体の上に投げ飛ばし、皮手袋で腕を掴まれ引き起こされた。 「……」  なにか囁かれたが、耳がやられてしまって何も聞こえない。ただ、嗅ぎなれた血の匂いと硝煙はわかる。ベッドには二つの死体。さっきまで怯えて丸まっていた若者も、気を遣ってくれた金髪も、目を見開いたまま、何かにもたれ掛かるようにして動かなくなっていた。……自分の、せいで。  ギーっと音がした。黒スーツが蝋人形のように不自然な形で床に転がると、守るように蹲っている穴だらけの背中から、小さなしわがれた手が伸びてきた。 「ま…待て、女。な…なにが望みじゃ。儂は――」  火花が二度散った。その時、ショットガンを持つ朝倉の腕の向こうで、何かが動いた。  S&W。職務で扱うニューナンブに近いものなら使いやすいと思って、購入した。  警察の射的訓練は胴体の真ん中が的になっているし、銃を構えるとしても致命傷にならない部位を狙うように教育されている。 「喉だ。喉から上を狙え。必ず二発撃て」  銃は長距離を見越した武器ではなく、ナイフより確実な攻撃を与えるものではない。真っすぐに狙ったとしても、重力と回転速度によるズレが生じるものだ。一発撃った衝撃で、銃を持つ手は下がり、反射で手首は上を向く……。  二回引き金を引いた。  こんなにも、俺一人のための犠牲を出して。ついさっき、慚愧の念が生まれ欠けていたのに、指は動いた。  自ら撃った重みと熱をその手に感じていた。  朝倉がショットガンを下げると、腕の向こうで昇と目があった。額の黒い点から血が流れる。顎下は血が飛び散ったように真っ赤になっていた。昇の右手から銃が落ちる。壁を滑るように沈む身体は、カウンターの向こうへ消えた。だが、立ち上がってまだなにか言ってくる気がして、黙って見つめ続けていた。  朝倉の腰にあったS&Wを握っていた。朝倉の腰に手首を固定して撃ったために、皮のコートが少し煙をあげていた。動けずにいたのを察知したのか、朝倉は手から銃を引きはがし、ホルダーに戻した。そして両手をついて、正面から覗き込んだ。 「ありがとうよ。オマエは私とオマエの母親を救った」  朝倉が唇を読ませるように、そう言った。そしてすぐに腕を引っ張って歩き出す。怪力だ。抵抗する間もなく血の匂いが充満する部屋を出た。廊下に出ると朝倉はレンチのようなものを取り出して、扉に挟む。すぐに立ち上がると、いつの間に掴んだのか、枕元にあったジャケットを広げ着るように促す。 「俺は…」  最後に見た昇の顔を思い出していた。朝倉はモタモタするなとでもいうように、袖をとおさせ、ボタンをしめて、ビシっと裾をひっぱって腕を引いた。 「行くぞ」とばかりに腕を引かれたが、足が動かなかった。手が離れる。2、3歩離れたところで朝倉が手を伸ばすが、腕が鉛のように重かった。ここから離れてはいけない気がした。  生キ延ビテ、ナンニナル。  銃声でやられた耳は戻ったはずだか、腕を引く朝倉の声が聞こえなかった。 『オマエの母親を救った』という、朝倉の言葉の意味もわからなかった。昇の死を、母は受け入れるだろうか? 罪を償わせるために、警察官になったのに。 「――」  思考に埋もれそうになった時、何かが聞こえた。顔を上げると、朝倉が首を振って廊下の先を示した。 「渉。走れ!」  雷に打たれたように身体が跳ねた。目を凝らしても、長い廊下の先の人影は米粒程度にしか見えない。 ただ、声はわかる。動かなかった足が、引き摺られるように前へ出た。距離を保つように、朝倉も一歩ずつ後ろ向きに進んだ。 「わたるーっ」  両手を広げるその姿は、メガネがなくても認識できた。もう、会えないと思っていた姿だ。声が身体を縦走する。二度と聞けないと思っていた声だ。それが身体を突き抜けた。走っていた。気付くと足が動いていた。 「渉。来い!」  蹴られた腹や肩が軋み、下手な操り人形のようにぎこちない走りでも、声を聞くとスムーズに動いた。泣きたくなるほど、力強い声が近づいて顔を上げると、はっきりと腕を広げて立っている徳重が見えた。  なんで、名前を?  戻って来られないほど重症だと思っていたのに、最悪な事件に巻き込んでしまったのに、まだ、縋ってもいいのだろうか。泣き出しそうになるのを堪えて、ぐっと両手を握って振った。 前を行く朝倉が、先に飛びついてしまうのではないかと焦りを感じ、追い越せるように前傾で走る。  ギアを入れたことに気が付いたのか、朝倉がさらにスピードを上げた。朝倉は、徳重を通り越して、水道を駆け上がり窓から身を投げ出すようにしゃがみこんだ。窓の桟に肩を食い込ませて片手を伸ばしてきた。――理解した。  飛びついて押し倒すイメージだったが、あと2~3歩というところで切り替えて、身体を思い切り低く沈め徳重の膝に飛びついた。ぐっと堪えて持ち上げると、朝倉が腕を伸ばし、浮き上がった徳重の身体をキャッチした。両手で抱えると二人が頭から落ちていく。 「わ…渉、来い」  手を伸ばしたまま徳重が落ちていく。言われるまま窓に上って下を覗くと、盛大な水しぶきが上がった。それを目掛けて、足を蹴りだした。

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