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第39話 海の底まで

 遠くへと飛び出したつもりだったが、地面に叩きつけられた。それくらいの衝撃があり、水面を打った身体は深く沈んで、ゆっくりと浮上した。わずかに目をあけると無数の泡が浮き上がっていく。あと少しで水面というところで、一面が眩しく光った。ズン…と横からの水圧がかかり側面へと押しやられ、昇に蹴られた肩をしたたかに打った。気を失いかけたが、目を瞑っていてもわかるほどのフレアが水面を掠った。  水が一つの力となり、波になろうとしていた。身体が飲み込まれる。そう思った瞬間に足が引っ張られた。知っている力だ。片手で藻掻いて力の方向へ身体を向ける。降り注ぐ光の中で、思い出さないように、必死にかき消していた顔があった。大好きな大きな手を広げて、差し出してくる。今度こそ、迷いもなく両手を伸ばして肩に飛びつくと、大きな手はいつものように俺の背中を包んだ。  息が苦しい。何かが燃えながら降り注いでいた。大きな雹のような粒は、水中に飛び込むと、泡とともに石の塊のようなものに変化する。大きく波立つ水に身体が持っていかれそうになると、朝倉が二人の頭を抑え込むように上から腕を掛けてきた。浮き上がらないよう足に力を込めて、徳重の身体を抱きとめた。顔を上げると、徳重の口が動き、何か言っている。爆風を堪えながら、じっと見つめていた。  波が小さくなり、辺りが暗くなると朝倉が浮き上がって、引っ張り上げてくれた。さっきまでいた校舎の片隅が、モンスターに齧られたように欠けていた。爆発でくすぶった何かが飛び散り、ところどころで燃えている。酸欠のせいか、目や耳が痛みを訴え、横たわって酸素を求めた。複数の足音を感じ、身体を起こそうとしたが、ぼんやりとした視界は次第に暗くなっていった。  首や腕、胸にいくつもの手が伸びてきた。 「安心してください。自衛隊です」  女性の声だった。酸素が吸入された。「お名前を言えますか」聞かれながら、手際よく身体を探り、怪我の具合を確認していく。言葉を理解しようとすると、ついさっきまで大切だったものがなにか、身体から零れそうになった。目を開けようとするが、大量に送り込まれた酸素に安堵の眠気が押し寄せてきた。 「心肺停止!」  緊迫した声の方へ顔を向けると、慌ただしく垣根を作る隊員の姿が見えた。投げ出された脚に見覚えがある気がした。肺が痛い。身体の中で、大きな壁がひび割れて、脆く崩れ落ちるイメージが浮かんだ。  手を伸ばそうとして、視界が変わり、担架に乗せられてしまったことを理解する。 「……」  それでも手を伸ばす。呼ばなきゃ。  五郎。  呼べば助けに来るといった。毎晩、電話すると、言ってくれた。  助けて。  俺は、オマエなしで生きて行けない。  俺のために、死なないでくれ。目を閉じると目尻から涙が伝う。光の中で、何を伝えたかったのか。先ほどの顔を瞼の裏に思い描く。  伸ばした手がふいにぐっと握られて、目を開いた。 「生きろ」  そう言った朝倉の顔と、光の中の顔は同じだった。

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