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第44話 帰る場所
猛ダッシュで新幹線に乗った。たしか、この時間ならあのローカル線から出ている最終バスに間に合うはずだ。
薄情なことに「トシさんヨシさん」の名前を思い出すまで、すっかり忘れていた。渉を見送ったら、遅めの出勤にはなるが仕事に出ようと思っていたので、今日まで彼らに連絡すらしてなかった。明治の親父に借りた車もあの駅に放置したままだ。ヤバい。こういうところに人間性ってもんが出るんだろうな…。
デッキで座りこんでいる俺と目が合った車内販売のお姉さんが引き攣った顔で、「大丈夫ですか?」と声をかけてきた。手土産の一つも購入しないとならない。
*
村に着いたときはうっすら暗くなっていた。日が短くなっていることを実感した。
トシさんヨシさんに挨拶にいった。急に長期休暇を取ってしまったことを詫びると、戻ってきたことに驚いていた。
「いやぁ、事情は聞いとらんが、代わりの人さ寄こしてくれたから問題なかったよ」
代わりの人? 誰が? 横文字の名前が入った薄っぺらい箱菓子を、トシさんは嬉しそうに受け取ってくれた。
「これ、持ってくか?」
いつもの仕事終わりのように、トシさんが市場に出せないいびつな野菜を指指す。メシのことを考えてなかったので、それは嬉しいが何か急激に寂しく感じた。
俺みたいな得体のしれない男でも、疑いもなく普通に接してくれるこの村の人達に安心していたのだと思う。
「あれぇ! 声がすると思ったら」
ヨシさんが奥の作業場から出てきた。一緒に長身の男のシルエットが見えた。暗くてよく見えない。入口の照明が当たらない場所で、男は立ち止まって、作業ズボンのポケットに両手を突っ込んだ。
『代わりの人』。少し胸が高鳴った。すらりとしているが渉では、ない。たぶん。でも、二か月みっちり働いたら、或いはか細いイメージも変わるのだろうか。動かないシルエットを睨んだ。
「よかったなぁ。無事だったんだなぁ。もう急な仕事は終わったんけ?」
ヨシさんが両手を伸ばしてくるので、握手のつもりで右手を出すとぎゅっと掴んで揺すってくれた。
「…心配と、ご迷惑かけて」
誰からどう伝えられているかわからないが、話を合わせることにした。
「いやぁ、迷惑はないよ。あの人さ寄こしてくれたからさ」
シルエットを指すように、ヨシさんが顎を振った。
「オマエさん並に力仕事してくれるし、機械にも詳しくて、今もトラクター直してくれてねぇ」
その声を聞き取ったのか、シルエットが動きだしこちらへ向かってきた。歩き方ですでに渉ではないとわかったが、顔が見えるまで緊張は解けなかった。
「徳重さん。もう大丈夫なんですか?」
にこやかに手を差し伸べたのは、ヘリで知り合った桜庭だった。
「あ…」
「あー、ここでは初めましてでしたかねー。村上ですー。農協の方で依頼されて代理で来させてもらってましたぁ」
「ああ、村上さん。急にお願いしてすみませんでした」
話を合わせて桜庭の手を握る。
「いえいえー。僕も次の任務まで暇だったもので、農業を堪能させていただきましたぁ」
人を魅了する笑顔に気圧されて、2~3歩下がると、
「退院できてよかったねぇ」と付け加える。
「おかげ様で」
「聞いてないんで、びっくりしたわ。もう明日から復帰するの?」
「あー…」
膝の辺りを引っ張られて、カクっとなったところへヨシさんが大きな袋を渡してくれた。トシさんがさっき言っていた野菜の他に果物が入っている。
「持ってきなー。この人いるから無理せんでいいんよ」
なーというように、ヨシさんは桜庭の膝に腕を巻き付けた。桜庭が笑顔を向けると、ヨシさんは照れたように微笑んでふたりで「なー」と繰り返す。なんだか疎外感が半端ない。お払い箱っていうことかな。
「今ちょうど焼きあがったとこだよ」
明治の親父はすでに吞み始めていたのか、赤い顔で手を振り回すと、オカンは無言で大皿の肉の横に焼いた野菜を乗せ始めた。
「いや、あの車を…」
「あああ、あの車なぁ。返しに来てくれたお姉ちゃん、めっちゃこうで…」
明治の親父は胸を誇張するジェスチャーをしながらデレデレ笑った。
「あんたさんに貸してやってよかったよぉ」
何しろ、お辞儀すると谷間がさぁと、デレデレしっぱなしの親父をオカンが見えなかったとでもいうように蹴り飛ばして縁側に出てきた。
「今日シメたイノシシだから、早めに食べてぇ」
「あ、ありがとうございます」
「ホント、うちの子がもう少し気が利く子だったらいいんだけどさ。無理に馴染もうとしなくても大丈夫だからさ。ココが壊れる前にちゃんと考えないとね」
明治のオカンが負けず劣らずふくよかな胸を叩いた。
無理に馴染もうとしたわけでもなく、明治が悪いわけでもない。都会から若者を呼び込もうとした村特有の諦めをぶつけられた気がして、また少し寂しくなった。
この村に来たころは、土いじりもロクにできなかったし笑われてばかりだったが、無理に馴染もうとしていたわけでもない。畝が綺麗になったり、畑の芽が一斉に出たり、田植えのコツを掴んだりしていくと楽しかった。
真っ暗な山道を歩きながら、両手の荷物の重みを感じる。金を稼ぐというより、物々交換なのだ。畑の野菜を山の肉に、魚のお礼をお米で。俺は頂く一方で、関係構築もできていなかった。馴染めてなかったのだなと改めて思った。
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