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第47話 肌

 首に巻き付いてきた腕は冷たかった。続いて投げかける言葉も冷たい。 「なんだ? 優しすぎてキモ…」  言い切る前に小さなくしゃみ。先ほど見つけたリモコンを手探りで掴む。巻き付いた腕で視界が悪いが振り払う気にもなれない。 「イジワルされる方がいいのかよ」  言いながら暖房のボタンを押す。渉が布団に寝そべるように身体を倒したので、首を引かれて頭が布団にのめり込む。画面が見えないが多分冷房のままだったから、温度設定ボタンを3、4回押してリモコンを放り投げた。顎先にかかる息までも冷たい気がした。 「生きてる…よな?」 「は?」  目が険しくなる前に口接けた。首に絡む手を解いて、自分の手で包む。握ってやると冷たい指先に自分の体温が伝染する。布団に押し付けた細い手首を滑って、肘まで行きまた戻る。自分が熱いのか渉の体温が低すぎるのかわからない。いずれどちらの体温かわからなくなる行為を、これからまた始めるのかと思うと、じれったいという言葉が浮かんで、乱暴にしてないか、力を入れすぎていないか不安がよぎる。 「…んっ」  咥内はどちらのものかわからないほど熱い。絡めた舌を自分の方へ誘導すると、微かな声が漏れた。舌先でつつき、救い上げ絡めては解す。表面を舐めようと舌を捩じると相手の舌先に誘導され奥へと誘われる。熱、以上に感覚が麻痺しそうになる。 前回のように先にイくわけにはいかない。  腕から肩へ手を滑らせる。骨折と捻挫を繰り返しているせいか、左右の骨の形が違う。少し力を入れただけで折れてしまいそうな鎖骨を、親指でこすりながら腰を浮かせた。シャツを引っ張られた気がして視線を下げると、渉の右手がボタンをはずしていた。シャツ一枚の奴に負けるわけにはいかない。右手を背中に回して引き起こすと、Tシャツの裾に手を入れた。 「あン……」  腹に急に触れられて渉が身を捩る。離れた舌先から繋がった唾液が途中で切れ、渉の頬を濡らした。長い睫毛が震えながら閉じられる。見ているだけで、ぞわぞわと腰の辺りに言いようのない何かが溜まる。それとは逆に渉の腹の皮膚は冷たかった。 「こんなに冷たい身体じゃ眠れないだろ」 「あ…っあ…」  温めるために手を広げて腹を擦るが、それが気持ちいいのか声が上がった。めくれ上がったシャツでそれが確認できた。 「俺に、こうやって触れてもらう日を待ってたか?」  両手で尻を掴んで引き寄せた。小ぶりだが丸く柔らかい尻の肉の感触がいい。いつものように飽きることなく撫でまわしていると、肩先で乱れる呼吸が聞こえてくる。 「ぅん……ぁ…。待って……た」  意外にも答えが返ってきて顔を覗く。薄く開けていた目を閉じ、赤い耳を首元に押し付けてきた。柔らかく細い毛先がゆらゆらと揺れ、鼻先をくすぐる。  シャツをまくり上げて肩から引き抜くと、渉は小さく震えた。手を握るだけで汗が零れていた前回から、季節がこんなにも変わってしまったことに苛立ちを覚えた。腰を掴んで引き寄せ、背中から包み込む。 「あ……っ」  急に身体を回転させられ、渉が動揺するように首を振った。腹を擦りながら、左手で肩を掴んだ。渉の骨張った背中が、胸元でゴツゴツと動く。 「今日から、俺があっためてやるからな」 「チョーシ…のんな…あっ…」  左手を胸元まで滑らせると小さな突起が存在を主張する。プリっとしたその先端に人差し指を押し当てて旋回する。擦っていた渉の腹筋が強張り、緊張を伝える。右手もゆっくりと胸へずらしながら、固くった乳首を攻めた。 「っん……ぅ…」  声を殺そうとしている。そう感じて根元に爪を立て親指で押しつぶすように倒した。 「あああっ」  すぐに緩めてまた指先で旋回する。右手で左胸を包むように広げ、ゆっくりと擦る。手のひらの中の乳首を意識しながら、胸を掴むようにぐっと開き、揉むように指先にだけ力を入れる。 「あっ…あ…」  呼吸するように渉の口から甘い声が漏れる。白い首筋に舌を押し付けて脈を嬲る。夢中で吸い上げていると、右手の甲にツっと軽い痛みが走った。渉が爪を立てたのだろう。 「左も同じようにしてほしいか?」 「……っ」  ビクっと渉の身体が震え、同時に開きっぱなしになっていた脚を閉じた。咄嗟に視線を動かして室内を見た。当然だが誰もいないし、電気のついてない廊下にも気配はない。建付けの悪い雨戸もしっかり閉まっている。 「……誰も見てないよ」 「……」  渉の首筋が強張っている。顔を見なくても、俺の失言だとわかった。動画を撮られたときはきっと、こんな態勢だっただろう。辱める台詞もたくさん投げられたはずだ。言葉で打ちのめすことで身体の自由が奪われることを、凌辱する側はよく理解しているからだ。する側だった自分は行為のときには自然とそんな台詞を吐いていた。過去のみでなく渉に対しても……しかしそれは、辱めるためではなく沸き上がる欲求によるもので……。 「……っ」  右手を渉の肩に載せると震えが伝わってきた。唇を耳に押し当てて、呼吸する。謝ってはいけない。言葉を選ぶ。 「誰もいねぇよ……」  今からでも遅くないなら、本当に自分だけのものにしたいと思った。誰にも見せたくない。俺だけが知る顔、俺だけが知る声、俺だけが知る人にしたい。 震えながらも小さく渉の首が動く。 「オマエに触れるのは、俺だけだ」  頷くように渉が首をもたげる。そう、俺の身体と体温で、全部上書きしてくれ。丸めた身体の中心に右手を滑らせる。茂みを指先で撫でていると、渉がゆっくりと力を抜く。内腿に優しく触れ、手のひらでそっと体温を伝える。 「…ぅ。……ごろ…う…」 「ここにいる」  声にならない息を耳元吹きかける。力を入れないように根元からゆっくりと包み込むと、丸めていた身体がのけぞるように伸びあがる。 「俺に弄られて、こんなになってる」 「ゃ、嫌だ…」  紅潮した頬に口接けを繰り返すと、渉が再び体重を俺に預けてきた。滑らかな渉の肌が動くたびに、自分の中心も暴れ出しそうになる。先にイかないよう弱いところを攻めながら、目を閉じて思考を続ける。指先で乳首を転がしながら、白い首筋に吸い付くと渉の息継ぎが短く切れる。舌先で柔らかい肌を突くと唾液が零れ、鎖骨を伝って胸へと跳ねた。渉の頬が熱くなる。 「…ふ……ぅあ……あっ……」 抑えきれない甘い声が漏れ始める。手の中の渉をじらすように、優しく刺激すると、先ほどの甘い声を漏らすほどの呼吸に変わっていく。愛おしい。  きっとそうだ。  初めての時だってキスと同じように、俺は渉を優しく抱くこともできたはずなのだ。  仕事に送り出し、食事を用意して待っていた据え膳だ。目的はどうあれ関係ない。自分のものにしたいと思うのは当然だ。薬を盛ったのは、高く舞い上がらせて叩き落すためだったのだろう。 「やっ……あっ……あっ…」 「嫌? こっちを攻めてほしいか?」  左手を伸ばして蕾に触れた。先端から零れた愛液で指先を押し当てる。 「んっ……」 「力抜けよ。ほら、俺にこうして欲しかったんだろ?」  手首で内腿を押し付けると渉の脚が開いた。白い脚が揺れるだけで、早くそれに挟まれたいと思う。これが愛でも乱暴でも、俺にとってはどっちでもいい。繋がることができるのは、俺だけと選ばれたなら。選ばれたなら俺はとことん、守る。それが俺にとっては愛だから。 「ぅっ…んぁ……あぁ…」 「いいよ。我慢しないでいいよ」 「ぁ…ああ、あ…あっ…」  声が鳴き声になる。包んでいる身体はどこも燃えるように熱くなっている。  この小さくか弱い人を俺は守っていこうと思っている。熱を放つ方法をそっと教えてやるだけだ。

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