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第48話 夢中

「……ごろっ…」  苦し気な声に我に返った。夢中で腰を振っていた。渉の白い背中で肩甲骨が浮き上がる。背中のくぼみが綺麗だと思った。ブルッと震えが来てそのまま達した。 「……ぅふ…」  脱力したように渉から声が漏れる。突き上げていた腰を下げようとしたのか、包まれたままの中心が微妙な動きに反応する。ねっとりと包まれたまま引き寄せられたような感覚だ。離れたくないと思った。腕を伸ばして両肩を包む。 「な…っ」  押しつぶされて渉の顔が布団に埋もれた。あの白く美しい背中に胸や腹がぴたりとくっついた。繋がっている部分を確認するように、軽く突き上げると下腹に渉の尻がぶつかって音を立てる。気持ちいい。達したはずの中心が渉の中で復活するのを感じた。膝の力で前進すると結合部から噴き出すように零れた愛液が太腿に弾ける。腰を浮かせては膝を進めピストンで角度を探ると、布団に押し付けられた渉の悲鳴が聞こえた。  右腕でがっちりと抱え込んで、左手を顎の下に潜らせて横を向かせる。それでも息ができないとでもいうように、口を開けたまま苦しそうに震えた。ぎゅっと閉じられたままの瞼から涙が流れている。 「渉……渉……」  なおも顔をこちらに向けるように耳たぶを甘噛みし、頬をすり寄せた。太腿に跳ねるものを感じ、無心で腰を振っていることに気付いた。押し出されるように渉の左足が布団から落ち、踵を捻るように畳につま先を立てた。渉の内腿にもどちらのものかわからない愛液が零れ落ちる。綺麗だと思った。その瞬間に中で暴れていた自分をきゅっと渉が捉えた。先端なのか根元なのかわからないほど、その部位のみならず魂ごと包まれるような抑え込まれるような、言いようもなくまさに捉えられた。その衝撃を逃すまいと、律動を繰り返した。 「……っ……」  口を開けたままの渉から、声にならない悲鳴が続く。 「渉……渉……」  自分が声を出していることに、気付かなかった。  肩先をなにかが滑り落ちていく。虫かと思ったがまた繰り返されるそれが、渉の指だとようやく気付いた。左手が軽く痺れを訴える。両足の裏は畳を擦った。生温かい空気が身体の左半身をゆっくりと動いた。左脚に渉の左脚が絡む。 どうやら放心してたらしいと気付いた。ふたりの呼吸がまだ荒いところを見ると、長い時間ではなくほんの数秒かもしれないが。  左手を持ち上げて、渉の柔らかい髪に指先を絡める。寝返ろうと右腕を動かすと下がなく、畳んだ布団の上だということを思い出した。首を持ち上げると、まだ渉の目から涙が零れていた。瞳の色は悲しげに見えた。指でなぞっているのは傷痕だとわかった。 「こんなん、すぐ消えるよ」  右手で払うようにすると、渉が涙を溜めたままの顔を向けてくる。端正な顔立ちなのに、なぜか小さな子供の顔に見えた。渉の手のひらが腹を抑える。 「これはちょっと、残るかもしれねぇな。でも、中身は大丈夫だったから心配すんな」  泣き出しそうになるのを堪えるように、渉が結んだままの口をへの字に動かした。あの事件から二ヶ月も経ったというのに、自分の中ではすでに消火したものなのに、ずっと気にしていたのかと思うと申し訳ない気持ちになった。 「もっとスマートにやっつけられたはずなのに、ごめんな」  渉が眉を寄せる。違ったか。 「そうだ、脚はお揃いだせ。おんなじとこに銃痕があるカップルなんて、滅多にいないだろうなぁ」  下手すれば歩けなくなるはずなのに、奇跡的に助かった。僅かでも瞬時に致命傷だけは避ける能力があるのだと、戦闘慣れしている人間にありがちなことだと、朝倉に言われたことを思い出した。 「……ばか」  それだけ言うと渉が身体を起こした。同じように起き上がると両手を後ろについて、表情を追った。横向きに座りなおした渉が、俺の左足に両足をのせ、脚の間から傷痕に触れた。ぽつんと涙が落ちたが、その部位の触感はない。 「だな。オマエに好かれたくて、カッコつけてたかも」  渉が顔を向ける。 「呼べばいつでもオマエのもとに行く、なんて言ったけど、間違ってたわ」  眉間にしわが寄る。あんなに感情を出さないようにしていた渉が、もう心を開いてくれているのだと思うと嬉しかった。口を開きかけて止めると、嬉しさに口角が上がる。それを見た渉が驚いたように瞬きし、手を伸ばした。両腕を肩に載せるようにして、おでこを付けてくる。 「……呼ばなくても、側にいてくれるか?」  おでこで押し返しながら、じっと見つけ返す。嬉しさが伝わるまで目で訴えていると、ようやく渉も穏やかな微笑みを返した。 「俺でよければ」  こんな一言で、やさしく可愛いキスを貰えた。    *  歩く力もないほどエネルギーを吸い取られたような感覚になる。徳重はまさに獣だ。感情や思考もあるだろうが、欲や体質はそれを跳ね除けるのだろう。それがいい、と言えば誤解を招きそうだが、それくらいに感情も思考も性欲も、全てが自分のみに向かっているということが単純明快で自分にとっては安心材料だ。  筒美会の幹部の前で犯された。性の対象であるなんてことを、それまで考えたこともなかっただけに、自分の身体を支配されることに恐怖を覚えた。それ以上に、男が男に犯されているところを、煽ったり揶揄したりしながら見ている男たちも楽しんでいることが、恐怖だった。片桐という男は、周囲の男たちを喜ばせるために自分の身体を開いて見せた。怪我と薬のせいで身体は思うように動かなかった。やめてくれと懇願しても、片桐は無表情に受け流した。首輪替わりの麻縄で、首を絞められて意識を失いかけると、激痛を与えられた。どれだけ血を流しても、泣いても、片桐の表情は動かなかった。感情がないのだと思った。おもちゃのように扱いながら、最後には無理やり突っ込んできた。  徳重を知るまで、その悪夢を何度もみた。悪夢というより、目を閉じればあの光景が浮かぶ。怖くて眠れなくなった。  人を殺した罪人は、殺した人の顔を思い出して眠れなくなるとよく聞く。昇をこの手で殺してしまったときは、悪夢がすげ変わるのかとも思っていたが、昇の夢を見ることはない。もちろん忘れることはない。カウンター越しに崩れ落ちるところも、最期の顔も瞳も、今でも鮮明に思い出せる。だがそれは普段、静かに身体のどこかに収まっている。むしろ再会するまでの方が、不安や慙愧で何度も悪夢を見ていた。  昇を殺したかったのだろうか。気持ちの整理をしてもわからないが、この手で殺してしまったことを今は後悔もしていない。いくつもの罪を犯してきた人間だから殺していいということにはならない。裁かれるべきことなのに、事故ということにして罪を免れている。あいつを殺したことで裁かれることも正直御免だと思っている。自分は悪人なのだ。だから、不眠や悪夢が何日続こうが、それは当然の報いなのだと思っている。  これは報いなのだ。だから、苦しさから手を伸ばしてはいけない。  震える指先に固い手が触れる。親指の股を掴んで掌をひっくり返すと、じっとりと汗ばんだ手に大きな温もりが重なる。甘えてはいけないのに、それだけで安心してしまう。 「こんなに早く、退院できると思ってなかった」  涙が絡みついて重たい瞼を固い指先が擦っていく。 「だろうな。オマエ、病院に失くしたスマホの番号伝えてったろ」  今更そんなことに気付いた。余程呆然としながら手続きをしていたということだろう。 「植物状態になってしまったら、意識が戻るまで何年もかかるんだと思っていた」 「心配かけたな」  座布団を枕に横になっている徳重が、頬を撫でながら言った。シャワーを浴びて、エアコンの下で少し眠ってしまったことを思い出した。いつの間に掛けられた毛布から、手を出して徳重の胸に当てる。寝間着替わりの甚平越しに、心臓の音が指に伝わる。再びこうして触れ合えることが、まだ夢の中にいるような錯覚を覚える。 「こっちこそ、迷惑かけた…」  徳重は口角を上げて首を振ると、言葉を遮るように親指で唇をなぞる。徳重に隠していたことを先ほども遮られた。自分のせいで事件に巻き込まれて死に目に遭ったことを、どう考えているのだろう。 「俺に、隠し事があっても、オマエは大丈夫なのか?」  指から離れて早口で言った。少し考えるように、徳重は肘をついて頭を乗せた。 「俺だってオマエに全部を伝えてるわけじゃない。蓋をしたい過去もある。でもさ、お付き合いって、履歴書突き出して確認しあったり、悪事を全部懺悔しないと前に進めないってわけじゃないだろ?」 「知らなかったために事件に巻き込まれても?」 「あれくらいは大したことない」と徳重は頭を掻きながら続ける。「オマエが、無事なら俺はどうなってもいい」 「それじゃ俺が困る」  語気を強くすると徳重は笑う。憎らしくなって甚平の襟を両手で掴むと、徳重が足を絡めてきたので抵抗するように身体を捩じると、抱きしめられた。 「俺はそう簡単に死なねぇから、大丈夫だよ」

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