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其の陸

「父上も私と同じく盲いられたのですか?」 旦那様からの言付けで 部屋にお連れした聡一さまから発せられた言葉に 旦那様の眼が見開かれた。 「聡一、お前は何を!!」 「父上は何を見られたと仰るのです?  私が使用人などに手をつけられたと?  そのような辱めを受けたと?  眼が見えぬからと父上まで私を馬鹿にされるのですか?」 「聡一!!」 俺への暖簾分けの話をした旦那様を 見えぬ眼で見据え 話す聡一さまは 怒りに身体を震わせ 吐き捨てるように言葉を続けられた。 「春太に・・・使用人などの世話にならなくても  私は生きていけます。  その為に、琴の師範になったのです」 旦那様を真っ直ぐ見据えられた眼から 瞬き一つされず 泪が一筋 頬に描かれて零れ落ちた。 その泪は 怒りから流れた泪なのか それとも 使用人の俺などに抱かれている姿をみられた 羞恥と居た堪れなさから流れた泪なのか 俺にはわからなかった。 だが 自尊心と云う鎧で身を固め 今までずっと生きれこられた聡一さまにとって 使用人の俺の世話に一生なるなど 耐え難い苦痛でしかないのだと それだけは学のない この俺にも分った。 そして 聡一さまが俺に躯を開かれたのは もしかしたら・・・ そんな淡い想いを抱いていた自分自身に 心底恥じた。 その日から また、何時もと変らぬ日々が続いた。 夜の支度を手伝う度に もう一度・・・ 聡一さまから声をかけてはもらえぬかと 俺は期待をして 聡一さまに着物の袖を通す。 その時 聡一さまの細い項に 唇を押し当てたくなる衝動に駆られる。 胸元に眼をやれば そこには俺の付けた跡。 その跡も日を追う毎に薄らいでいき 今はもう跡形もなく消えていた。 やはり ただの気の迷いであられたのだ。 俺の想いに感ずかれた聡一さまが 戒めるため 俺の気持ちを弄ばれただけなのだ。 期待は失望にかわり やがて 絶望となった。 夏が過ぎ 秋を向かえ 冬が終わりを告げた 温かな春の日差しの中 聡一さまの師がご病気で亡くなられたのを機に 箏の師範として独立される日を迎えた。 明日、聡一さまはこの屋敷を出て行かれる。 夜、何時ものように聡一さまのお部屋で 夜の支度を手伝う。 聡一さまが俺の広げた着物に袖を通される そのお姿を眼に焼き付けておこうと 俺はじっと見つめていた。 襟を重ね 帯を緩めに絞める。 聡一さまが横になられたのを見届け 俺は深く頭を下げた。 これが・・・ 最後の・・・ 胸が締め付けられ泣きそうになる。 聡一さまに・・・ ご挨拶をしてお暇をもらうつもりでいた。 だが・・・ 今の俺にはそれを言葉に出来そうもない。 離れたくない。 聡一さまと・・・ ずっと お傍近くでお仕えしていたかった。 そして 少しでいい 気まぐれでもいい 聡一さまから愛を頂きたかった。 使用人の分際で何を馬鹿なことをと 聡一さまは笑われるだろう。 けれど 俺は・・・ 聡一さまを・・・ 嗚咽が零れてしまいそうになり 俺は鼻と唇を押さえ立ち上がった。 「お前まで私を捨てていってしまうのか?  私を闇の中に独り置いていくのか?」 張り詰めていた空気が聡一さまの言葉で揺れた。

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