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其の捌

「春太」 聡一さまの声。 「只今」 答えて直にお傍に駆け寄れば 「遅い!」 差し伸べた手を叩かれる。 「呼んだらすぐ来い」 「はい」 「稽古の準備は出来ているのか?」 「はい」 立ち上がる聡一さまの手を取り 少し肌蹴た着物の裾を直せば もう、良いと短く云われ 聡一さまの手を取れば 部屋から一歩踏み出された。 屋敷から出られ 独立された聡一さまに弟子入りした俺は こうして同じ新しい屋敷で寝食を共にさせてもらい 聡一さまの身の回りをお世話をしながら 琴の稽古をつけて頂いている。 使用人から弟子にかわっただけの関係。 聡一さまの俺に対する態度はかわらぬまま。 むしろ 酷くなったかもしれない。 箏の稽古をつけて頂いてる時の 聡一さまから発せられる言葉は 俺の心を深く抉る。 けれど あの夜 聡一さまが一瞬見せられた笑みが 俺の支えになっていた。 「今日はの稽古は誰だ?」 「松本男爵のご子息の・・・」 「ああ、匡一か?」 「聡一さま・・・そのような呼び方は・・・」 「春太、お前は私に意見するのか?」 「いえ・・・ですが・・・・」 「あいつはどうせ箏ではなく私が目当てだろ?」 「・・・・・」 「男の箏の師範はそんなにめずらしいものか?  習う気がない輩に稽古をつける意味などない!」 「聡一さま?」 「私は臥せっているとでも云って帰ってもらえ」 「・・・わかりました」 廊下を歩いておられた聡一さまが踵を返されたので お部屋までお連れした後 俺は松本様が待たれる部屋に向かった。 「失礼します」 襖を開けば 松本様の思慕と期待に満ちた視線が こちらに向けられた。 そう・・・ 松本様は聡一さまを・・・ 聡一さまが亡くなられた師匠の跡を継がれ 師範になられてから 聡一さまの元で箏を習おうと 名家からも数名弟子入りされた。 初めは聡一さまも 聡一さまの箏の音を気に入り習いにきてるのだと思われ 稽古をつけられていた。 しかし 食事などに誘われる回数が増え・・・ 聡一さまが奏でられる箏の音でなく 聡一さま目当てに箏を習いにきているのだと お心を痛めてしまわれたのだ。 それ以来 月に数度 爵位を持たれた方の稽古を 何か理由をつけては断られていた。 「申し訳ありません。  師範は感冒で床に臥せっておられ本日の稽古は・・・・・」 「また、ですか?」 松本様の声が俺の言葉を遮られた。 「先日もそうでしたよね?」 「・・・・」 「今日は稽古をつけて頂くまで帰りません。  そう、お伝えください」 「ですが・・・」 「使用人の分際で俺に口答えするのか?」 「いえ・・・」 「お前、何様のつもりだ!」 「申し訳・・・・・」 「箏の準備を!」 俺の言葉が 今度は背後からの声で遮られ 振り返れば そこには聡一さまのお姿があった。

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