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其の玖

「聡一さ・・ま・・・」 「春太、聞こえなかったのか!」 「はい、只今」 俺は箏の準備をし聡一さまの手を取る。 部屋の中にお連れすれば 「春太、今日はお前も一緒に稽古をつける」 そう云われ 「師範、今日は俺の稽古ですが」 その言葉に松本様が反論されたが 「君は彼と一緒では自信がないのか?」 聡一さまの返答にグッと喉を鳴らされた。 しかし そこで松本様は引き下がられず 「では・・・この使用人と俺と競って俺が勝てば  先日のお話受けて頂きます。  俺が勝てば天神祭りをご一緒して頂けますね?」 その申し入れにも 聡一さまは顔を色一つ変えられず 分ったと一言 仰られただけだった。 張り詰めた空気の中 聡一さまの美しい指が箏の弦に触れ 箏爪で弾かれた弦から生まれる 清らかで凛とした音色。 それは聡一さまそのもので。 けれど今日は・・・ 聡一さまから生まれでた箏の音には 怒りと哀しみの色も感じられ・・・ 聡一さまの 慙愧の念もその音に感じられ・・・ 俺は目頭が熱くなった。 聡一さまの指が最後の弦を弾かれた。 張り詰めた空気に 箏の音が消え行く中 雲井曲ですねと松本様の声。 「どちらから先に?」 松本様が訊けば 「どちらでも」 その答えに では、俺から・・・と松本様が箏を爪弾かれた。 松本様の音色は強い。 それは・・・ 男爵家の跡取りと云う自信からくるものだろう。 俺にはない強さだ。 だが 箏の音はそれだけで完成されない。 繊細さも・・・ そう俺が思った瞬間 「そこまで」 聡一さまの声が松本様の指を止めた。 「もういい」 「何故です?  まだ最後まで・・・」 「君は箏を分っていない」 「それは、どう云う意味ですか?」 「君は私にそれを云えと?  君は今まで私から何を学んでいたんだ?」 「師範!」 「君は私目当てに遊びに来ていただけだ。  君に箏を教える気にならない。  今日限りで師弟関係は終わりだ」 「嫌です!」 「君は私と違って耳が悪いのか?」 「な、何をっ・・・・納得できません」 「では、春太の箏を聴いてみろ」 そう云われた聡一さまの眼が その眼に映らぬ俺を捕らえていた。 俺に恥をかかせるなと。 「では、失礼致します」 箏の前に座り直し 一つ息を吐き 弦に指を添える。 俺は聡一さまの期待に応えようと 必死に弦を爪弾くが 聡一さまの箏の音に敵うはずもなく・・・ 聡一さまの顔が僅かに歪む。 それでも 何とか最後の弦を爪弾くことは許された。

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