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其の什

「俺と彼の何が違うと云うのですか?」 松本様の悲壮な叫びに似た声にも 聡一さまは眉一つ動かさず 「わからないのか?  では、君に話すことはもうない・・・帰れ」 非情な言葉を投げられるだけ。 膝の上で握られた松本様の拳が震えていた。 「帰らないのか?  では・・・」 そう云って立ち上がろうとした 聡一さまの箏に 松本様の震えていた拳が殴りつけられた。 弦が弾き切れる音。 その音に聡一さまは松本様の頬を叩かれた。 まだ爪の付いたままの手で・・・ 松本様の頬に細く赤い筋。 痛みに顔を歪めれた松本様に 「貴様とは二度と会いたくない!帰れ!」 そう云い放たれ 部屋に戻ると短く仰られた聡一さまの手を取り 俺は唇を噛み締められ怒りに震える松本様に会釈をし 聡一さまを自室にお連れした。 襖を閉じるなり 「さっきの箏はなんだ?  お前は私に恥をかかせたかったのか!」 そう怒鳴られ 俺もまた、頬を叩かれた。 「申し訳ありません」 謝る俺に 「今夜は夜通し稽古をしろ!」 そう云われ 俺など映していない眼で俺を見据えられ その眼が お前を許さぬと云われていた。 松本様が気になり部屋に戻れば そこにはもう松本様のお姿はなかった。 俺は切れた弦を直し 聡一さまの云い付け通り稽古をする。 弦を一つ爪弾く毎に 聡一さまの箏の音を思い出し また一つ弦を爪弾く。 辺りが闇に包まれても 行灯をつけるのさへ 時間を無駄にしたくないと 俺は弦を爪弾き続けた。 暗闇に眼がなれたのか 箏の弦が・・・ 否 弦から生まれ出る音が俺を次の音へと誘う・・・ そんな錯覚を起こし 聡一さまの世界を感じられたような気がした。 その瞬間 大きな物音と聡一さまの悲痛な声が聞え 俺は聡一さまの部屋に向かった。 「聡一さま!」 開かれたままの襖から 右頬を手で覆われて震える聡一さまの姿が見え 走りよれば 枕元にはまだ熱の残る鉄茶瓶転がっており 熱い、熱い・・・と痛みに震える唇で 聡一さまは悲鳴を上げられて・・・。 手で覆われた火傷の手当てをしようと 聡一さまの手に俺の手を重ねれば 「見るな!」 そう云われ 聡一さまは俺の手を払いのけられた。

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