11 / 13

其の什壱

虫の声に混じり 聴こえてくる 春太の爪弾く弦の音。 ガタンッ。 廊下で物音がした。 春太か・・・? 否、違う。 箏の音はまだ止んでいない。 では・・・ 「誰だ!」 背後に気配を感じ振り向けば・・・ 憎しみの篭った笑い声。 そして右頬に灼熱の痛み。 私は熱湯を浴びせかけられた。 熱い・・・! 熱い・・・!! 春・・太・・・!! 右頬の痛みに耐え切れず叫んでしまう。 「春太!!」 廊下を走ってくる足音。 これは・・・ 春太・・・の・・・・・ だが・・・ 私は・・・ 今の私の顔は・・・ 「聡一さま!」 熱と痛みの中 春太の声に安堵する。 だが 春太の手が 頬を覆っていた私の手に重なった瞬間 見るな!と春太の手を叩いた。 それは・・・ 見られたくなったからだ。 赤く爛れているであろう右頬を。 春太には・・・ 春太だけには・・・ 見られたくなかった。 春太は冷水に浸した手拭いを私の頬に当てると 医者を呼んできますと出て行った。 私は焼けるような痛みに意識を手放した。 「・・・っ・・・!」 痛みで目覚めれば年老いた男の声。 「大丈夫ですか?」 私が答えずにいると 「酷い火傷ですな・・・  治っても爛れた痕はのこるでしょうな」 医者であろう男の無情な言葉に 「俺が・・・俺が稽古など・・・聡一さま・・・申し訳ありません」 春太の悲痛な声と嗚咽。 まだ熱と痛みの残る頬に触れれば 指にざらついた布の感触。 幾重にも巻かれた包帯と 痛みは首元まで広がっていた。 ああ 私は・・・ もう・・・ 眼が見えないでなく 醜い姿になってしまった。 春太に 私の この醜く爛れた顔を・・・ 見られたくない。 「春太、出て行け!」 それが 私に残された 唯一の選択だった。 春太の眼に 春太の目にだけは 爛れた傷痕のない 醜い顔ではない 私を ずっと 留めておいて欲しい。 春太の眼の中だけでは 私は 綺麗なままの 私でいたい。 せめて春太の眼の中だけでも 醜い私ではいたくなかった。

ともだちにシェアしよう!