2 / 5

Part1:Touch It②

「おはようございまーす」 「全然早くないよ、嶋くん!もう何回目よ!今度やったら時給下げるよ!」  まだ完全に覚醒していない頭と、セットもしないぼさぼさの髪で、バイト先のコンビニに入る。  気持ち申し訳なさそうにバックヤードのドアを開けると、ド派手なピンク色の縁の瓶底メガネを掛けたおっさんが、起き抜けの頭には大変よろしくない、溌剌とした声で怒鳴った。  この人はこの店の店長さん。  俺が店長だったらとっくにクビしてるほど遅刻常習犯の俺だが、前に他の店員に絡んでたチンピラをちょっと…アレしてから、妙に店長には気に入られて、口うるさくされながらもなんだかんだクビにはされず、可愛がってもらっている。 「嶋くん、早く出てよ!神代くん、上がりの時間だよ!」 「はいはい」  相変わらず独特な高いガチャ声で急かされて、俺はいそいそとロッカーから制服を取り出すと、さっと袖を通し、前へ出た。 「おつかれ、チャーハン」 「お疲れ様っす、嶋さん」  レジのあるカウンターまで出ると、狐みたいに吊り上がった目つきの悪い男が迎えてくれる。  神代 高名(かみしろ たかな)。通称チャーハン。  見た目通りの粗野な男だが、件のゴロツキとちょっと一悶着あった時、こいつもその場にいて、何故かそれ以来懐かれてしまい、悪い気はしないのでそのままにしている。  実はオメガだが、俺と同様、変わり者の店長のおかげで、こいつともかれこれ二年くらいの付き合いになるか。 「嶋さん、あの…」  俺がカウンターに入って手を洗っていると、高名はそーっと寄ってきて、耳打ちするような小さい声で話し掛けてきた。 「なんだよ?」 「なんかまた最近来るようになったらしいっすよ、アイツら」 「アイツら?」 「ほら、前に嶋さんがボコしたチンピラさんっすよ」  …こらこら、人聞きの悪いこと言うんじゃないよ。  因みに俺は学生時代でもグレたことはない、普通の健康優良男児で、今だってちょっと風紀の乱れた生活を送ってはいるが、それ以外至って普通な壮年のおっさんだ。  あれはいわゆる正当防衛というやつで。  酔っ払った半グレ共がうちの店員にダル絡みしてるのを止めに入ったら、今度は俺にターゲットが移ったから、裏拳かまして、股間蹴り飛ばしてやったら、涙目で「覚えてろ」なんて漫画みたいな台詞を吐かれたという。  事故。そう、あれは事故のようなものなのに。と俺はぼんやり考えながら、面倒臭すぎて重いため息を漏らした。  高名が帰ったあと、俺は店長と二人で店番だったが、さすがに真昼間とあってタチの悪い連中が来るはずもなく、気付けばあっという間に時間が過ぎ、あと数分で俺の上がりの時間という時だった。  ピンポーンという軽快なチャイムと共に入店してきたのは、多分いつぞやのチンピラのお共たち。  げ、と思った時には、視界の隅で店長がバックヤードに逃げ込む姿が見えた。  俺はひとまず気付いてないふりで「いらっしゃいませー」といつもの感じで挨拶をする。  ならず者たちはどかどかとレジの前を通ると、カウンター越しにめちゃくちゃガン飛ばしてきた。 「なにかお困りですかー」  俺は尚も気付いてない風を装って、わざとらしく小首まで傾げてやりながら、ゴロツキに上目遣いで尋ねる。  すると一分くらいのにらめっこの末、チッと舌打ちをかまして、ようやくおゴロツキ共は俺から目を逸らした。  ほっとしたのも束の間、店の粗でも探そうってのか、ヤツらは店内をうろつき始める。  俺が店内に女性客や、女の子の店員がいなくて良かったな、と思った矢先のこと。  奴らが向かう先に店長がやりかけで置いていったモップが立てかけてあるのを目にする。  あー、あー、面倒くせえ…。 「痛っ!」 「おいおい、どうなってんだこの店!」  案の定モップの柄にわざと引っ掛かったアホの一人が、ドリフかっつうくらい大袈裟に痛がって大声を上げると、バカの一つ覚えみたいに残りのアホも叫び始めた。  結局、こうなんのな…。  さすがに今度問題起こしたらクビかもな、と思いながらも、俺はカウンターを出る。 「あんた達さっきから何やってんの?」  俺が次のバイト先どうしようかなんて考えながら連中に近付いていくと、雑誌コーナーの角からにゅっと影が現れて、あろうことかその影はチンピラたちに絡んで行った。  店内の明かりに透ける濃い茶色の髪と、小麦色に焼けた肌。  色素の薄い垂れ目と対照的にきりっと吊り上がった眉尻のイケメン。  パッと見はチンピラたちと同じくらいチャラそうな格好をしているが、今どき珍しくそいつは勇敢にも迷惑な輩に声を挙げたのだ。 「なんだお前?」 「こっちが聞いてんだけど。大声出して、迷惑だろ」 「あぁ?お前に関係ねえだろ!」 「関係あるんだよ。俺は客、あんた達も客だろ。それなら静かに買い物して帰ったらどうだ?」  おぉ… ド正論。  チャラ男に見えて漢気もあって、常識も備わってるのはいいが、こいつらに正論が通じると思ってんのか、この好青年は。 「テメェやんのかコラ、表出ろや」 「はいはい、お客様お客様。店内での喧嘩は御遠慮ください」  正に火に油。チンピラには正論をという感じで、思った通りの展開になりそうなので、俺が割り込むと、待ってましたと言わんばかりに、連中は一斉に俺の方を向いた。 「あ?先にいちゃもんつけてきたのはこの兄ちゃんなんだよ」 「それともなにか?お前が代わりに責任取ってくれんのか?」 「そういやお前には、前にうちの兄貴がお世話になったよなあ」  すげえ。漫画かよってツッコミたくなるほど、絵に書いたようなゴミクズだな、こいつら。  おそらく最初から店内で問題行動起こして、俺が止めに入ったら因縁つける気だったんだろう。  やっぱり前に金的食らわして、お帰り頂いたチンピラのお共たちで間違いなかったようで、その時のお礼参りでやって来たらしい。  子分たちは俺に詰め寄り、まだなにか言っていたが、俺はどうやって撒くかっていうのと、これでここともおさらばか、新しいバイト先探さなきゃなっていうので頭の中はいっぱいだった。 「テメェ、シカトこいてんじゃねえ!」 「表出ろやコラ!」 「おいやめろよ。そんなに喧嘩したいなら俺が相手になるから」  チンピラたちのアウトローもの映画御用達の台詞に対し、全くもって上の空の俺に逆上したチンピラの一人が制服の襟を鷲掴みにしたところで、好青年がその手を制止するように振り払って、俺とチンピラたちの間に割って入った。  勢いをくじかれたチンピラたちは更に激高して、声を荒らげる。 「なんだ、テメェ?さっきから。茶々入れてんじゃねえよ!」 「もういいわ、お前。とりあえずお前からシメてやっから、外出ろ!」  おいおい、予想外の展開だぞ、これ。  どうすんだ、好青年?もしかしてめちゃくちゃ強えのか?実はボクサーとか?  まさかの成り行きに俺も戸惑う中、お冠のチンピラたちは好青年の肩やら胸ぐらやら、よくは知らないけど高そうなブランド物のパーカーをぐちゃぐちゃに掴んで、店の外へと引きずって行こうとしている。 「おい、無理すんなって、3対1だぞ」 「いいから、ここは俺に任せろ。お前まだ学生だろ?今度から悪そうなヤツに話し掛けんなよ」  …ん?  …え。…はあああああっ?!  連れ去られていく好青年の背中に俺が声を掛けると、好青年は顔だけをこっちに向けて、俺を安心させるような声色で言った。  今、あいつなんて言ったんだ?  もしかして俺の事を年下だと思ってんだろうか?  確かに童顔とはよく言われるけど、こちとらアラフォーのおっさんだって言うのに、明らかに年下の青年に助けられてしまった。  ということは好青年は学生のアルバイトがチンピラに絡まれていると思って、自分が身代わりになったということだろうか。  今どき珍しく正義感が強いのはいいんだけど、3対1じゃ袋叩きだろ。  あまりに不測の事態に意識がトリップしていた俺は、好青年が完全に店内から連れ出されたような気配に気付き、ハッと我に返る。 「店長、警察に連絡して。あと警備会社」 「もうしたよ!あのお客さん大丈夫?」  おそらくバックヤードの監視カメラで見ていたのだろう、俺が店長に警察へ電話するように促しに行くと、既に店長は諸々へ連絡を済ませていた。 「店長、あのー…俺ちょっと様子見に行ってこようと思うんですけど、もし何かあっても、出来ればクビにしないでほしいなー…なんて」 「嶋くん、お客様助けてあげたら時給50円アップだよ」  俺はこの時、店長が世界一カッコよく見えて、普段店長が居ない時「ダサい版ドン小西」って呼んでることを心の底から謝罪した。  グッと親指を立てて、意味深に頷いた店長に、俺も親指を立てて、こくりと頷き、バックヤードを出る。  そのまま店内を抜けると、出てすぐの路地裏の方から男の野蛮な大声が聞こえて、俺は声のする方へと向かった。  暗くなり始めた街から隔絶された裏路地は更に視界が悪くて、一瞬では好青年の状況は分からなかったが、目を凝らすと3つの影が1つの影に重なっては離れ、重なっては離れ、その度に鈍い音と、苦しげな声が響いてきて俺は顔を顰めた。  どうやら好青年は思わしくない状況らしい。  更に音のする方へと近付いていくと、チンピラたちに囲まれた好青年の姿も確認出来たが、瞼の上や口の端には血が滲んでいるように見える。  イケメンが台無しだ、こりゃ。 「ほいほい、その辺にしとけよ、お前ら。お巡りさん呼んだからな、とっ捕まんぞ」 「あ?おお、やっと来たかお前。こいつ、散々カッコつけといて、弱えから退屈してたんだよ」 「あの時は汚ねえ手使いやがって、今日は容赦しねえぞ、コラァ!」  俺が声を掛けると、殴り疲れたのか少し息を切らしたチンピラたちがこっちに気付いて、標的を俺に変えたみたいだった。  そのうちの一人が威勢よく息巻いて、ずんずんと俺に近付いてくる。  ご丁寧に身体を曲げて俺の身長に合わせながら、鼻息が吹きかかるくらい近い距離で メンチを切ってくるチンピラA。 「お前ら3人がかりでボコっといて、弱えも何もないだろ。情けねえなあ」 「あぁ?!テメェ、あんま調子乗んな、げっ?!」  覗き込むように睨み付けていたチンピラAが、今度は見下すように顔をぐいっと上向けると、喉元が露わになる。  俺は晒された喉仏目掛けて、素早く拳を突き上げた。  するとチンピラAは一瞬潰れた蛙のような声を上げて、その場に膝から崩れ落ちた。  路地裏にはチンピラAの噎せて、苦しそうな呼吸の音だけが響いて、残りのチンピラたちは何が起きたのか分からないって感じでぽかんとしている。 「う…うおおおおぉ!」  しばらくするとチンピラの一人がはっと我に戻り、雄叫びを上げながら、一心不乱って感じでこっちに向かってくる。  あー、顎がガラ空きだ。  前のめりに突っ込んでくるもんだから、首が反り、顎が突出してしまっているのを見て、俺は手近にあった牛乳とかが入れられて配達されてくる小さなコンテナを掴み、下からチンピラBの顎目掛けて、思い切り振り上げた。  すこーんと小気味いい音を立てて、コンテナが顎に入ると、そのまま白目を剥いてBは後ろ向きに倒れてしまった。 「おっ…おお、お前何なんだよ?!こ、こっち来んじゃねえ!殺すぞ!」  俺がゆっくりとチンピラCに近付くと、Cはポケットの中から今時バタフライナイフなんか取り出して威嚇してきた。 「穏やかじゃねえなあ。そんな物騒なもん出すんじゃねえよお」 「うううるせぇ!それ以上近寄ったらマジで刺すぞ!おいっ、聞こえてんのか?!マジだっつってんだろ!おい!」  チンピラCは絶妙な噛み噛み具合で発狂しながら、包丁を持つみたいな持ち方で、闇雲にナイフを振り回す。  一振一振りが大きく隙だらけで、体が真正面に開いているのを見て、チンピラCが一際大きく振り上げた時、Cの右手首を狙って思い切りコンテナをぶん回した。  右手が殴られた衝撃で建物の壁に勢いよくぶつかり、手からナイフが落ちる。  俺はすかさず深く腰を落として、よろめいて体勢を崩したCの鳩尾に正拳突きをかました。 「かっ…」  俺の拳はチンピラCの鳩尾に直球ど真ん中ストレートだったらしい。  瞳孔をかっ開いて宙を見つめながら、ゆらりと地面に突っ伏した。  さっきのやつと同じく上手く呼吸出来ないようで、芋虫のようにのたくっているのを見ると、ちょっとやりすぎたか、と可哀想な気にもなる。 「じょ、ジョン・ウィックかよ、お前…」 「そこはジャッキーって言って。ほい、大丈夫か?」  路地裏に倒れたならず者どもを見て、呟くように言った好青年に、手を貸してやる。  もちろん死んではいないから、警察が来る頃には意識もはっきりしてきて、無事しょっぴかれていくことだろう。  俺は好青年に肩を貸し、店のバックヤードに連れて行って、応急処置をしてやった。 「あんた、学生じゃなかったんだな」 「おー、36だ」 「36?!ガキにしか見えねえ…」 「失礼な野郎だな、テメー。助けてやって、怪我の手当までしてやってるお兄さんに向かって」 「あ、いや…それはマジで感謝してる。助かったよ。命の恩人だな」  おぉ… イケメンの顔面の破壊力よ。  きりっと凛々しい眉を申し訳なさそうに垂れ下げて、少しはにかむような苦笑いをされながら礼を言われると、悪い気はしないもんだ。 「嶋くん、お巡りさん来たよ」 「じゃあ俺はとんずらします」 「仕方ないよねえ。あそこのお巡りさん知り合いだから、なんとか誤魔化してみるよ」  丁度、好青年の頬骨辺りに絆創膏を貼り終えたくらいに店長がバックヤードに来て、俺に帰るよう促してきた。  ここはオープンから二十年以上やっていて、店長はこの辺の商工会の古株でもあり顔が利く。  前の騒動の時も警察のお世話にならずに済んだのは、店長が上手く事情を説明して、警察が便宜を図ってくれたからだ。  店長としても貴重なアルバイトをなくした上に、良からぬ噂まで立つのは思わしくないらしい。  俺は素直に制服を片して、上着を取り、警察が入って来る前に退散しようとしていた。 「じゃあ俺も…」 「君はお巡りさんとお話するんだよ」 「そっか…。じゃああんた連絡先教えてくれよ」 「はあ?なんでだよ…」 「助けてもらって何もお礼しなかったら、なんか気持ち悪いだろ」 「いや、ほんとお構いなく…」 「いいから、スマホ出せって」 「ご、強引〜」  何故か俺に付いて帰ろうとした好青年が、当然ながら店長に捕まる。  好青年は代わりに俺の連絡先を要求してきて、俺はなにやら面倒くさい気配を感じ、怪訝な表情を隠そうともせず渋ってみたが、好青年が更に凄い迫力で迫ってくるから、嫌々ながらSNSのIDを交換した。  なんか鼻息荒いし。怖いし。 「お前ちゃんと病院行って診てもらえよ。内臓とか傷めてたら危ないからな」 「ああ…。あんた名前は?」 「は?なんだ今度は。嶋だよ」 「そうじゃなくて、下の名前だよ」 「はあ〜?…人に名前を尋ねる時はまず自分からって聞いたことない?」  お礼するのに下の名前って必要か?  訝る俺に、尚も食い気味に要求してくる好青年。  その熱の篭ったイケメンの眼力に気圧されながらも、なにやら嫌な予感を感じて、俺は全力のポーカーフェイスで塩対応をした。 「健一郎。黒川 健一郎」 「それじゃあ健一郎くん。漢気あんのはいいけど、死なない程度にしろよ」 「あ、おい!」  そろそろ警察もくるし、なんか面倒臭そうだしで、俺は黒川健一郎の頭にぽんと手をやり、適当にはぐらかして、少々無理やり気味にバックヤードを出た。  このままこいつに捕まって、警察にこってり絞られるなんて冗談じゃない。  派手にやり合ったわけじゃないが、36のおっさんにケンカはしんどいし、聴取を取られるにしても後日にしてほしい。  都合良く今日はバーにマスターが出勤している日だし、俺はこのまま帰って休ませてもらおう。  俺は家路を急ぎながら、じじいみたいに肩を叩いたり、首を回しながら、寄る年波に苦虫を噛み潰したような顔をした。 「お疲れ様でーす」 「おー、おかえり、いお」  街中から少し離れた人気の少ない所に店を構えるカフェ「La Mer」。  大人しめのオレンジ色の光が見えてくると、俺はその光の元へと、少し駆け足で向かった。  プランターに並んだ色んな種類の植物が無造作に置かれているウッドテラスを抜け、店のドアに手を掛けると、ドアの上の方に取り付けられたチャイムがノスタルジックな音を立てて、俺を中へ迎え入れる。  仄かな木造建築物の匂いとアルコールの匂い、それと控えめなボリュームで掛けられているスローなボサノバの音色。  2、3人の客たちが隅っこの席で話に花を咲かせているのを後目に、俺はカウンターまで直行して、店の主に話し掛けた。  この人がこの店のマスター、天羽 岳(あまは たける)さん。  つるりとした頭にニットを被り、綺麗にカットされた口髭が似合う渋い見た目とは裏腹に、虫も殺せないような(マジで殺せない)穏やかな人で、俺を「いお」と呼んで、三春以外で昔のことも知ってる数少ない人物の中の一人だ。 「岳さん、今晩お休みしてもいいですか」 「いいよ。今日はお客さんも少ないしな。晩ご飯食べたか?ペペロンチーノなら出来るけど」 「やったあ。岳さんのペペロンチーノ最高」  我ながら調子が良い奴だという自覚はあるが、それでも岳さんは嫌な顔一つせず、快く了承してくれただけでなく、晩飯まで用意してくれる。  あまり料理は得意ではなく、普段は俺が調理を担当しているが、岳さんはペペロンチーノだけは得意で、これを食べるためだけに足を運ぶ常連のお客さんもいるほどだ。 「なんか今日いい事あった?」 「え?いや、全然っすよ。めちゃくちゃ疲れました」 「その割にははつらつとした顔してんなーって思ったんだけど」 「え?」  少しして出されたペペロンチーノにがっついていると、ワイングラスを拭きながら、岳さんが聞いてきた。  俺が否定すると岳さんは俺の顔をしばらく見つめたあと、にっと笑って続ける。 「いや、いつもと変わんないでしょ」 「お前、いつも死んだ魚みたいな顔してんじゃん」 「ぶっ!なにそれ、ひでえ言われよう」  いっつもそんな顔してたの?俺。  長年一緒に働いてきて、いつもそんな風に見られてたなんて、いきなりの暴露に俺はかき込んでいたペペロンチーノを吹き出しそうになった。  噎せながら反発する俺を見て岳さんはけらけらと笑っていた。  食事を終えて二階の自分の部屋に戻ると、早々にソファーベッドに倒れ込む。  面倒くさいからテーブルにあった歯磨きシートを取って、うつぶせに寝そべったまま、口の中に突っ込んで、歯磨きを済ませた。  ふと顔だけを動かしてガラスのテーブルの上に目をやると、スマホがガラスの板越しに光る。  手を伸ばしてなんとかスマホを手に取り、通知を見ると「黒川 健一郎さんと友達になりました」というSNSのお知らせが、同一人物によるメッセージと一緒に届いていて、俺はぎょっとした。  本日の生命活動を終了しようとしていた俺の脳みそを無理矢理呼び覚ましたのは、黒川健一郎と名乗ったあの褐色のイケメン好青年。  あいつ… マジで連絡してきやがった…。  嫌な予感がしながらも通知を開いてみると、予感はズバリ的中。  あの時の宣言通り、お礼がしたいから明日食事に、という内容だった。  うーん、これはどう見るべきか…。  まさかと思って考えないようにしていたが、これは俺に気があるのでないだろうか。  いやそこまで自惚れてはいないつもりだが、おそらく一回り近く離れていそうな年上のおっさんを、助けられたからといって食事に誘う理由が見当たらない。  つい昨日の夜、独りでも生きてくって決意しばっかなのに…でもこれが運命の出会いってやつだったら…?いやでもさすがにこれは俺の思い違い…だけどさっきの岳さんの言葉もなんか歯に引っかかるし…。 「だぁーっ、もう面倒くせえ!」  俺はスマホをカーペットに投げ捨てると、毛布を頭まで被り考えるのを止めた。  ぎゅっと無理やり目を瞑り、大いなる宇宙を想像しながら羊でも飛ばしてる内に、俺はいつの間にか意識を手放していたらしい。

ともだちにシェアしよう!