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第3話
店を出ても、琢磨は追いかけてこなかった。
しばらく歩いた先で剛がふり返り、腰から手を離して口を開いた。
「なあ、いいの? あれ」
「……うん。悪かったな、付き合わせて」
「いやいや、めっちゃ楽しかったからいいけどさ。で? 優ちゃんが相手してくれんでしょ?」
「……手出したら殺すよ? 世間的に」
「わ、わーかってるって! 怖いよ弁護士さんっ」
「ただの事務員な。……悪いけど今日はもうあの店には戻んないで。他の店行ってよ」
財布から一万円札を取り出して、剛のポケットにねじ込んだ。
「いや、いらねぇよっ」
「いいからもらとけって。迷惑かけて悪かったな。じゃあ帰るわ」
「……優、大丈夫か? 今日は一人にならないほうがいいんじゃ……」
「は? なんで。なに勘違いしてんのか知らないけど、あいつは別になんでもないから」
じゃあな、と手をあげて、俺は駅に向かって歩いた。
追いかけてもこない琢磨。
少しがっかりしてる自分に嫌気がさした。
あれから一週間。琢磨は姿を見せなかった。
幻滅したか。そりゃするか。そう仕向けたんだからこれでいいんだよな。
ズキズキと胸が痛い。気のせいだと自分に言い聞かせて、無心に仕事をこなした。
バーのママから電話が入ったのは、珍しく早くに仕事が終わって、帰ってゆっくり休もうと会社を出た時だった。
「あー…………ごめんって。…………いや説明とか必要? 勝手に想像しててよ。どうでもいいし」
この間のあれは何なんだと、気になるから説明に来いと、電話の向こうでまくし立てている。
『あんたが迷惑かけたお客さんにくらい、ちゃんと説明しなさいっ。とにかく、今すぐ来なさいよっ』
そう言い捨てて切られてしまった。
説明を求められても、とは思ったが、ママの最後の言葉には、何も言い返せない。
確かに迷惑かけたもんな、と仕方なく俺はバーに向かった。
バーに入ると、早い時間のわりに、そこそこ混んでいた。
「この間の人は?」
「ああ、用事ができたって帰っちゃった」
空振りか……とげんなりした。
「とりあえず、何か食べる?」
「枝豆」
「相変わらずねぇ。もっとちゃんと食べなさいな」
「だし巻き卵」
「まったくもう。あんたのせいですっかり居酒屋バーになっちゃったわよ」
プリプリ文句を言いながら、ビールと合わせて枝豆を出して、だし巻き卵を焼き始めた。
「それで? この間の男が、あんたの忘れられない男なの?」
「なにそれ。そんな話したっけ」
「こら、すっとぼけないの。今さら隠す間柄でもないでしょう」
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