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 この前、櫻花公司の北京事務所でブチ切れる孝弘を偶然見た。何があったかレオンに事情を聞いて、そうそう分かる、マジ切れしたくなると役所の対応を知っている祐樹も大いに頷いた。  そんな孝弘を見たのが初めてで新鮮だったし、それを祐樹に見られて気まり悪そうな顔をする孝弘がめずらしくて何だかきゅんとした。  仕事では様々なトラブルに遭遇するが、孝弘はいつも落ち着いた態度で堂々と対応しているので、切れて叫びながらサンドバッグを蹴りつける孝弘を見て、安心したようなほっとしたような気持ちになった。  表ではかけらもそんな様子は見せないで、裏ではあんなにキレていたと知って、嬉しくなってしまったくらいだ。  マンションに帰り着くと、孝弘は自分の部屋に一旦戻った。すぐに行くと言っていたから着替えてくるんだろう。  祐樹も着替えて、キッチンで湯を沸かしていると孝弘がやって来た。 「けっこう寒かったね。先にお風呂入る?」 「ああ、そうしようか。一緒に入ろ」  当然のように言われて、小さく心臓がことことする。お湯をためる間に熱いほうじ茶を淹れて、二人でソファに座って飲んだ。 「誕生日おめでとう。ちょっと早いけど」  孝弘がプレゼント包装された細長い包みを出してきた。包装紙は北京にある外資系デパートのものだった。出張の時に買っておいてくれたのだ。 「ありがと」  プレゼントまでちゃんと用意されていて頬が緩む。 「開けていい?」 「ああ」   箱から予想した通り、中はネクタイだった。 「へえ、きれいな色だね」 「ちょっと派手かと思ったけど、祐樹のスーツって落ち着いた色のが多いから、そういうのも悪くないかと思って」  すっきりした細めのストライプのネクタイは織が凝っていてきれいな青と深い緑色をしていた。 「うん、いい色だね。ありがとう」 「当日はそれ着けて」 「そうする。うれしいな」  祐樹の誕生日当日は勤務後に孝弘も含め事務所のスタッフ8人で食事会をすることになっている。 「だけど誕生日なのに本人がみんなにご馳走するって聞いた時はびっくりしたな」 「だよな。俺も自分の聞き間違いかと思った。まだ中国語始めたばっかりだったから」  日本と違って、誕生日パーティは当人が周囲の人にご馳走するものだ。だから祐樹の食事会ももちろん中国式で祐樹のおごりだ。  誕生日なんて個人的なことをわざわざ仕事場のスタッフと祝わなくてもいいと祐樹は思ったが、孝弘は事務所の中国人スタッフを誘うようにアドバイスした。 「日本人スタッフの誕生祝いに誘ってもらえるってことが大事なんだ」 「そういうもの?」 「そういうもの。面子大事。今後の人間関係がスムーズになるから」 「本当に?」 「ああ」  孝弘がこう言うのだから本当なのだろう。  広州や深センではどうしてたっけ?と思って、わざわざ誕生日を教えたりしなかったと思い出した。あの時は女性スタッフがかなりあからさまに祐樹に言い寄って来たので、仕事以外では関わらないよう細心の注意を払っていたのだ。 「実際は誕生日に行くってだけで、ただの食事会だから構える必要ないよ」  孝弘のアドバイスに従って、中国人スタッフに評判のいい、普段より少しいいランクの広東料理の店を予約した。  当日案内されたのは、食事をするテーブルの横にソファセットも置いてある大きな個室だ。 「高橋さん、誕生日おめでとうございます」 「このお店、来てみたかったんです」 「ここすごくおいしいって有名ですよね」 「そうらしいね。おれも初めて来たんですよ」  広い個室で最初に乾杯の挨拶をして、あとはごく普通にみんなでご飯を食べるだけだ。  4人の中国人スタッフはとても喜んで、大きな声でよくしゃべり、よく食べた。青木も片言の中国語と日本語で会話に混じり、和気あいあいと食事会は進んだ。

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