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一通り料理が出て、お腹が落ち着いた頃にはソファセットに移ってカラオケになる。レストランの個室にはカラオケが備えてあることが多い。
中国人スタッフの歌を聴きながらテレビ画面をぼんやり眺めていたら、いつの間にか隣りの席に張秀高が座っていた。日本に留学経験もある社会人3年目の優秀な男性社員だ。
「高橋さん、お誕生日おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
「これ、どうぞ」
小さな包みを渡されて「え?」と顔を見たら「ほんの気持ちです」と言われた。
中身が何かわからないがプレゼントを受け取らないわけにもいかず、戸惑いながら「ありがとう」と礼を言った。
「それで、あの、この前はすみませんでした」
続けて気まり悪げに言うから、本当に言いたかったのはこれかと祐樹は張秀高の横顔をちらりと見た。頬のあたりが赤い。
「いや、気にしてないよ」
「私の勘違いでした。あの時、言えなくて…」
先週、伝票に書かれた数字が違っていたのだ。まだ発注前に祐樹が気がついて先方に確認したので問題は起こらなかったが、張秀高が受けた注文だったので、勝手に人の仕事に口出しするなとへそを曲げてしまった。
先方に確認するより先に自分に言って欲しかったということらしい。たまたま張が出張で大連にいなかったから取引先に確認しただけのことだったが、ようするに面子をつぶされたと思ったのだ。
その件で先週から少しぎくしゃくしていた。こうして謝りに来ることが中国人の彼にとってかなり面子に関わることだと祐樹も理解している。
「誤解が解けたんなら、もういいよ」
祐樹が人当たりのいい笑顔を見せると、張秀高はほっとしたように頷いて席を立った。
「今日、誘ってもらえて嬉しかったです」
そう言うとソファに移動してカラオケに混ざるようだ。
ふと視線を感じて顔を上げると、孝弘が優しい目をして向かいの席から祐樹を見ていた。それでピンときた。
もしかして、張秀高に何か言ってくれた? 誕生日誘われたなら高橋さんは怒ってないよとか、この席でさらっと謝るといいよとか?
孝弘は何も言わず、ただビールのグラスを軽く上げてごくごく飲み干した。
「高橋さん、何か歌ってくださいよ」
カラオケに誘われて、祐樹も微笑んで立ちあがった。
大連に来てから「そのうち絶対歌わされるから仕入れとくといい」と、孝弘が何曲か歌いやすい流行歌を教えてくれていた。
広州でも何度もカラオケにはつき合ったが、あちらでは広東語がほとんどだったので、北京語の歌はあまり知らなかった。それに日本語の曲も多かったので、日本語で済ませることも多かった。
「こっちの曲って1番も2番も歌詞同じ曲多いよね?」
「そうだな、そういうの結構あるよな」
3番までまったく同じという歌も中にはある。
「最初知らなくて、カラオケ行って歌詞見てびっくりした」
「違う歌詞の曲も最近、増えたてきたかも」
「そうなんだ。カラオケってよく行くの?」
「まあまあかな。学生の時は留学生仲間で遊びに行くこともあったけど、仕事するようになってからはレストランとかバーのカラオケがほとんどだな」
食事や酒の席で、ついでにカラオケもという場面が多いのだ。
「地声が大きいからかな、歌うまい人多いよね」
「それは思う。祐樹、中国のロックとかポップス聞いたことある? 結構いい曲あるよ」
「へえ? 店とかで流れてるのは聞くけど、歌手の名前とかは知らないな」
「そうか。じゃあ、こういう曲、覚えとくといいかも」
「中国人受けする?」
「ああ、今すごく流行ってる曲だから」
そんなことを言いながら孝弘が教えてくれたうちの一曲を入力した。
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