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 広い市場では皮を剥いで真っ二つに割られた状態の牛や羊や豚が、作業台の上に無造作に置いてあってなかなか壮観だった。日本で言うなら卸売市場って感じかと祐樹はきょろきょろと辺りを見回した。 「あっちが牛肉、ここが豚肉と羊肉です。どれにします?」 「バーベキューなら牛肉メイン? 大連だと羊も焼く?」 「はい、何でも焼きます」  朴の答えに「だよな」と孝弘が笑う。 「そっちの細長い感じの動物は何?」 「あれは狗肉《ゴウロウ》(犬肉)です。焼くより鍋で食べますよ」 「あ、あれがそうなの?」  何かわからない四つ足の動物がいて、訊いたらそれが犬だった。  皮をはいだ状態で二つに割ってあると、頭がついていても犬だとはわからなかった。思ったよりすらりとした体だった。  祐樹も狗肉を見たことはもちろんあったが、スーパーで切り身と言うかパック詰めされた状態しか知らなかったのだ。  その隣りのコーナーは鶏と鳩の売り場でこちらは生きたまま売られていてたいそう騒がしい。  うちで絞めて食べるのが一番新鮮だからと生きたまま買う人もまだ多いが、家で絞めると処分が面倒だと、そこで絞めて羽を取った状態にしてもらってから持って帰るのが一般的らしい。  その時は牛肉と羊肉を買った。欲しい部位を欲しい量だけ切ってもらえるのでスーパーより安くて便利だと朴が言う。  鶏も2羽絞めてもらった。売り場の人のあまりの手際の良さに祐樹はあっけに取られた。ほんの数分で首をねじられて羽をむしった裸鶏ができあがったのだ。確かに新鮮そのものだ。  足首をくるりと紐で縛って持ち手を作ってぶら下げるように渡された。  習慣の違いってなかなかすごいなと思ったものだったが、その鶏を使って朴が作った蒸し鶏と油淋鶏は絶品だった。 「すごくお勧めの食べ物じゃないけど、気になるなら試してみれば? 鍋だから肉だけ食べないでもいいし」 「うん。あれだけおいしいぞって勧められるから気にはなるんだよ」  駐在員の中には「犬だけは無理」と頑なに食べない人も多い。特にペットとして犬を飼った経験のある人はその傾向が強いようだ。祐樹は犬を飼ったことはないが、気持ちはわかる。  でも中国人の「牛や豚と犬で何が違いますか?」という質問にもうまく答えられない。食用として育てた肉だから、どれも同じだというのだ。  犬だけダメというのは個人的な気持ちの問題としかいいようがなく、それはどんな食べ物でも同じだ。結局、習慣や個人の嗜好の違いと言うことになる。 「まあな。東北人《トンベイレン》は狗肉好きが多いんだ」 「ここらへんの地域食なの?」 「朝鮮族がよく食べるって言うな。狗肉は体を温めるし精がつくんだってさ」  にやりと笑って言うから「嘘?」と疑ったら「ホントだって。中国人スタッフに訊いてみ」と躱された。訊きづらいし、そんなこと。 「でも鳩も蛙も食べてみればおいしかったし、たぶん大丈夫じゃないかな」  せっかくだから、誘われたら一度は試してみようと祐樹は決めた。

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