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「けっこう親切だったね」 「祐樹がカッコいいからだろ。でも俺のだけどな」  孝弘がそう言ったら、祐樹はちょっと頬を赤くして孝弘を睨んだ。 「そういうことをさらっと言わない」  自分はけっこう孝弘を煽るようなことを言うくせにと思ったけれど、照れる祐樹がかわいかったので孝弘は黙っておいた。 「次は?」 「新しいポット欲しいな」 「電熱タイプ?」 「そう。コンセントのとこ、コードがちょっと破れてて」 「テレビ台に置いてるやつ?」 「うん。部屋に置いてあったやつだから、古いんだと思う」  家電や調理道具は前任者が置いていった物がけっこうある。買い足しながら使っているがダメになるものも多い。 「危ないからもう使わないほうがいいな」  突然ショートしたりするからだ。乾燥した地域なので火事は怖い。 「そう思って。コーヒーとかお茶淹れる分のお湯が沸けばいいから、小さいのでいいんだけど」  耐熱ガラス素材の電熱ポットはすぐに見つかった。日本で見るコーヒーメーカーのコーヒーがたまる部分に、直接電熱器のコードがついているようなポットだ。早く沸くので重宝する。  買い物はすぐに済んだけれど、二人で調理器具や家電コーナーを見て回るのは案外楽しい。  最近は新しい商品がどんどん入ってきて、これまで見たことのない物がたくさん増えている。ショッピングセンターに来ると人々の生活が豊かになっているのを実感する。  海外ファッション雑誌の中国語版や海外のCDやVCDなども以前とは比較にならないくらい増えた。衣類もかつての布を選んで買い、それを仕立ててもらうと言う買い方はかなり減って、既製品が豊富になった。  もちろん生地や縫製もよくなって、すぐにほつれるとか洗濯の水が染料で真っ赤や真っ青に染まるということも少なくなった。  去年の夏、父親がふらりと中国まで会いに来たことがある。  少し農村部にある工場と交渉をしていた時で、それにも同行したのだが、荒涼とした農村の風景や市場や食堂や中国人の家を見た父親は「日本の戦後ってこんな感じだったのかもな」と言っていた。  農村部では都市部と違ってまだまだ物が少なく、停電や断水も頻発する。各家庭に電話がないのは当り前で、テレビがない家も多いのか食堂前の歩道にテレビを出してみんなで観賞したり、外で夕涼みしている姿がそう思わせたのかもしれない。  その一方で携帯電話は急速に普及して、どこの農村でも持っている人は多い。アンバランスなような一気に発展しているような不思議な感覚だ。  櫻花公司の仕事で農村部に行くこともわりとあるので、そう感じるのかもしれない。孝弘は日本の高度経済成長と言う時代は知らないが、こんな空気感だったのかなと思う時がある。  もっとも都市部と農村の格差は経済発展とともに広がっていて、一般民衆の不満は大きくなっているから、今の発展速度が一概にいいとは言えないようだ。 「なんか不思議だよね。テレビで言うなら白黒からカラーテレビ、液晶っていう段階は全部すっ飛ばして、白黒からいきなりプラズマを買う感じだよね。レコードもカセットテープもCDもウォークマンも知らなくて、最初がレーザーディスクとかDVDから始まるみたいっていうか」  青木は赴任当時、そんなふうに言っていた。

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